本日誕生日、49になった。
人生も半世紀を目前にすると、喜びというよりもある種の無常観を感じる。
それは命の有限性というものを自覚し始めたということであろう。
信長の好んだ敦盛の一節
「人間五十年 下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。」
人の世の50年は下天では一日だという。
確かに、過ぎてみれば一瞬の出来事のようにも思え、夢幻のごとくでもある。
だからこそ、人間は"どう生きるのか"ということを自問自答するのだ。
そのためには雑念を取り払い、「無」の境地に至らなければならない
道元は只管打坐(ただひたすら座禅をすること)によってその境地に至ろうとした。
私も座禅に取り組んだことはあるが、まだ修行が足りないため
「座禅をすること」自体がその目的となってしまい、その先の境地にはなかなか至らなかった。
今の私には、ただひたすら走ることが、自分の気持ちをリセットする一番良い手段のように思える。
本日、1時間走った。「Birthday Run」だ!
朝日が後光のようにまぶしく感じる。
雑念を取り払ったところで読書。
昨日から「あなたの中のリーダーへ」西水美恵子著を読み始めた。
まだ序章しか読んでいないが、またもや序文で涙がこみ上げてきた。
「パキスタンの山奥で鬼を見た・・・」
彼女が貧困の体験学習でパキスタンの離村にホームステイに入った時のことだ。
「水道も電気もない貧しい村で、読み書きもできない無学な人の家庭にホームステイなんて・・いやだ。」
「鬼」とは、自分の中にある無意識な偏見であった。
貧困解消を使命とする世界銀行で働いている自分が、貧しい人たちを、どこかで見下していた。
自分の中の鬼を見た瞬間、彼女は背筋に悪寒が走り、震えが止まらなくなったそうだ。
そんな彼女にステイ先のアマ(母)が
「かわいそうに、ヒマラヤの夕暮れは急に寒くなるから」といって
自分のかけていたショールを彼女の肩にかけ、やさしくさすってくれたそうだ。
涙が堰(せき)を切った。アマの手の暖かさが、自分の体に染み渡った。
次の瞬間、自分の中で本気のスイッチが入った。
真のリーダーとは、万人を従えるものをいうのではない、
自らを律することができる人のことをいうのだ。
そして、そのスイッチを入れるのは自分しかいない。
改めてこの1月、西水美恵子さんから贈っていただいた以下の言葉を思い出した。
"Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever."
Mahatma Gandhi 1869 - 1948
It is not what you do, but how you think about what you do,
that changes the world ...
この言葉を胸に刻みながら、続きを読むとしよう。