趣味真っ盛り!!

人生これから! 元気に趣味を楽しんでいます。

北海道函館・札幌・小樽の旅-3

2014年07月07日 | 旅行
も3日目ともなると旅慣れするものである。
旅の楽しみの一つにおみやげを選ぶのも面白いものである。
北海道から本州までの生ものは持ち歩けない。
ましてチョコレートや生キャラメルは今どきの気候だと溶けてしまう。

番無難なものはご当地ラーメンや乾物類やお酒。
主たるおみやげは函館で購入し宅配便で送るようにしたのだが...。
旅の先々でまた目移りするものである。

日の予定は小樽市内観光。
小樽と言えば石狩湾に面した街。
昔は大きな船を沖に泊めはしけを使って荷揚げしていたようである。



かし取り扱う荷量が多くなりはしけが直接倉庫の近くまで入って行ける様な水路を作った。
これが「小樽運河」であるという。
朝9時半頃と言うのにもう観光客が大勢来ている。



て、観光の後は買い物など自由散策。
堺町通りと言う両脇に観光客用のおみやげ店が一杯。
まずは小樽オルゴール堂に入る。
店内には大きなパイプオルガン。
自動演奏のペーパーロールで音色を奏でる。
今から100年有余前のものと言う。



の店を出てブラブラしていると名産品の扱っている店。
LeTAO(ルタオ)。
建物の重厚さにひかれて入店。
この辺では有名な洋菓子屋さんらしい。
味見だけして店を出る。



供に頼まれていたジャガポックルやお酒などなど。
ついつい味見ついでに購入。
それも宅配便でお願いしたのである。

間の経つのは早いものでそろそろ出発の時刻。
千歳空港に向かったのである。
千歳空港でのお昼はやはり海鮮。

回は北海道の海鮮を食べまくり。
信州では味わえない新鮮なものを頂いて来たのである。
千歳空港からは今度はピンクの機体。
松本空港を目指し機上の人になったのである。



鹿半島を過ぎたころだろうか。
右手になんかいやらしい雲。
冗談にあれは地震雲だから近々の内に地震があるよ。



んて冗談を言うと帰って次の日に岩手県沖で震度5弱の地震。
本当に地震雲だったのであろうか。
...と言うことで3日間の道南の旅。
大勢の人と出会いまた色んな思い出をつくり帰ってきた次第である。


デジブック 『=道南の旅=』





北海道函館・札幌・小樽の旅-2

2014年07月06日 | 旅行
海道2日目。
今日は朝から晴れていい天気である。
天気がいいが湿度が低いためかあまり暑くは感じない。

8時出発。
函館観光である。
函館は横浜、長崎と共に日本最初の国際貿易港として栄えた街でもある。
坂道が多く異国情緒が色濃く残るレトロな街並み。
路面電車が道の真ん中を走る街でもある。


ずは明治31年にフランスから派遣された8人の修道女が設立した日本初の女子修道院。
巌律のトラピスチヌ修道院へと向かう。
観光前にここは神聖な場所だから大きな声を出さないようにとガイドから注意される。
園内には、テレジア、ジャンヌダルク、天使ミカエルなどの聖像や資料館がある。



門から入ってすぐレンガと緑の調和が美しい。



度修道女になると壁内、囲い中のみの生活となり俗世から完全に隔離された世界に住むという。
壁の外に出るのは選挙などに限られるらしい。
一生を神に捧げ厳格な戒律に従い共同生活をする。

り、読書、そして農作業などの労働が生活の中心である。
会話は必要最低限に限られ沈黙が義務づけられている。
自分の場合、会話のない世界で幽閉されればまずは5分と持たないだろう。

活リズムも決められていて朝3時半起床。
3時半起床となるとこれも無理である。
夜は7時45分就床。
夏至の頃はまだ明るいではないか!

レビもねぇ、電話も無しでカラオケなんぞはどこにもねぇ。
こんな俗社会から離れた戒律のもとで暮らすのは精神的に大変であろう...。
なんて思いながら修道女が暮らしている方向を見る。
壁から向こうは完全に隔離されている。
右奥は修道女の部屋。



ャンヌダルクの像が見える。
現在女子修道院62名がこの修道院で生活していると言う。



こに行っても例の国の人たち。
多分車内では同様の注意を受けたであろう。
が...。
そんなことはお構いなし。

きな声を張り上げ酒の匂いをさせ100万はするだろうロレックスの時計を腕に付け...
まったくやりたい放題である。
金持ちであってもそんな人種だからと腹の中で笑う。


ラピスチヌ修道院を後にして五稜郭へと向かう。
五稜郭はご存じのように戊辰戦争後の新政府軍と旧幕府軍との最後の戦闘をした場所。
旧幕府軍の大鳥圭介隊と新撰組の副隊長土方歳三隊の両隊が五稜郭を占拠。
箱館政権を樹立したが箱館戦争により土方歳三は戦死、新政府軍に敗北し明け渡される。
8年ほど前に107mの五稜郭タワーが建てられ五稜郭全体を眺める事が出来る。



稜郭タワーから五稜郭公園をみると五稜の姿がくっきりみえる。
箱館奉行所が攻守の攻防となったところである。

クリックすれば大きくなります。



ワーの中には戦死した土方歳三のブロンズがジッと五稜郭を見ている。


館山と立待岬と津軽海峡方面も望める。



てタワーを下り五稜郭公園へと向かう。
五稜郭の中心となる箱館奉行所。
この箱館奉行所は復元されたものである。



から見えない設計をした筈の五稜郭が艦砲射撃に曝された元凶が実はこの建物。
一応は高くならないように気を遣って作られたらしいのだが結局高く出来上がってしまう。
てっぺんにある鐘楼が海からチロッと見えてしまう格好になってそこが砲撃の目標になったそうである。
石垣が当時の様子を彷彿とさせる。



館は長崎と同様坂の多い街である。
魚見坂、基坂など12以上の名前の付いた坂がある。
函館山の麓にある坂の中で一番有名な坂「八幡坂」。
真っ直ぐに伸びる坂の下は函館湾。
その向こうに停泊しているのが青函連絡船の摩周丸。
石畳の素敵な所である。




の近辺には旧函館区公会堂や教会が立ち並ぶ。




はり国際貿易港として栄えた函館。
旧イギリス領事館やペリーの来航記念碑が建っている。




通り函館の街並みを観光するともう昼時。
昼食は海鮮である。
お昼を食べた後買い物タイム。
お土産として海鮮は持って帰れないので買い物タイムをパスしてすぐ傍にある摩周丸を見学。
摩周丸と言えば青函連絡船。
今や青函トンネルが出来て連絡船は廃船となり摩周丸が展示されている。




函トンネルが出来る前は本州と北海道を1日7往復していたと言う。
連絡船から眺める景色。
何人の人がこのような景色を眺めていたであろうか。
今は昔の物語になってしまった青函連絡船である。





て次の目的地は大沼国定公園。
3つの湖と駒ケ岳を抱く大沼国定公園。
最も大きな大沼をはじめ小沼、蓴菜[じゅんさい]沼などがある。
大沼は駒ケ岳の噴火によって生じた泥流が渓流をせき止めてできた湖。
大小126の島がありその小島を結ぶ18の橋と散策路が設けられている。
なんでも「千の風になって」の訳詩・作曲をした人が大沼の別荘でこの曲を完成させたと言う。



海道の松島ともいわれる様な景色を眺めているとそこにまた例の国の人たち。
観光地には当たり前に例の国の人たちがいると思わなければなるまい。
例の大声と写真を撮ろうと構えると...。
そんなことは知らん顔。

色の中に入り込みあの高笑い。
これには閉口。
すごすごとその場を引き下がる。

てそれからがまた移動タイム。
洞爺湖、有珠山、登別、苫小牧を通るハイウェイ4時間。
とにかくデッカイドウである。





夜は札幌。
夕飯は自由食である。
ホテルは札幌の大通りに面した一角。
すぐ前が大通りである。

幌と言えばビール、ラーメン、ジンギスカン、海鮮...。
と食欲をそそる有名なものが一杯ある。
まぁ、ここまで来たら海鮮だろうなぁ。



すきのと言えば 歌舞伎町(東京都新宿区)、ススキノ、中洲(福岡市)を称して日本3大歓楽街の一つ。
居酒屋で海鮮の有名店は...。
札幌すすきのの刺身居酒屋うおや一丁。
ここまで添乗員さんに案内されて来れたが...。

こ一軒で北海道!刺身・寿司・かにを中心に食べまくろうと言うことに相成ったわけである。
ズワイガニの天婦羅、毛ガニのかにみその甲羅焼き、いくらのこぼれ寿司、いか刺身、ほたてのバター焼き、宝舟盛りなどなど。
もちろん本場の生ビール付きである。
お腹も膨れ少し歩かねば...。
ほろ酔い加減で狸小路界隈を歩く。



幌テレビ塔の時刻は9時を回っている。
屋外ではビアガーデンが始まっていてまだ宴の真っ最中である。
札幌まで来たら時計台を見なければ...。



計台と言えば逆方向。
ここからだと30分以上かかるだろう。
でも行ってみたい。
9時を回っているのに札幌の街は賑やかい。



っと時計台到着。
大勢の人が集まっている。
目的はライトアップされた時計台である。



真で見る時計台である。
周りはビルに囲まれているもののその空間だけ明治の匂いがする。
札幌市中心部の有名観光スポットをゆっくりと堪能したのである。



ろそろホテルに帰らなくては...。
テレビ塔の時刻も9時40分近く。
ホテルまで20分ほど。
ゆっくりと札幌を楽しんだのである。






北海道函館・札幌・小樽の旅-1

2014年07月05日 | 旅行
海道。
北海道は2度目の旅行である。
先回は道東の旅であったが今回は函館夜景と札幌・小樽方面。

から1時間ほどの空港・松本空港の発着である。
松本空港に着くと添乗員が出迎えてくれる。
松本空港から千歳空港まで1時間半の空の旅。



気も良く佐渡島の景色や男鹿半島・岩木山の景色を眼下に見ながらの飛行である。



行機は津軽海峡を越え函館上空。
北海道の域に入る。
ここまで来るともう千歳空港は間近か。
あと15分程で到着である。



歳空港に到着後。
大型バスで18名の参加の旅。
バスの中はゆったりである。

に絡みついた蔓アジサイの白が道路際に多数見られる。
綺麗な白い花が咲いているのであるが...。
高速道路のバスの中からの撮影であるためなかなか難しい。



て、これからが大変。
千歳空港から函館までの距離は約290km。
高速道路で4時間余りである。
歴史文化がある港町函館を目指しバスは直走るのである。



海道は本当にデッカイ。
ガイドの説明を聞きながら途中で休憩を挟みながら向かう。
有珠山サービスエリアでは。
昭和新山・有珠山が眼前に聳える。



和新山は約70年前に、突然地震と共に始まり麦畑が隆起して出来た火山という。
平らだった麦畑が5か月ほどで50mほどの丘になって突然爆発したと言う。
現在では海抜400mほどそれ以来噴火は起こっていないという。



かし有珠山が13年ほど前に噴火。
約30年ほどの周期で噴火が繰り返されていると言う。




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の活火山を抱える伊達市。
その前に広がる内浦湾・別称「噴火湾」と言われている。
そもそもその噴火湾はカルデラ湾ではないかとの所以であるという。



んなガイドの説明を受けながらバスは洞爺湖・長万部を通り函館へと向かう。
今夜の宿は函館・湯の川温泉。
湯の川温泉に着いたのが6時半。
そろそろ日暮れ。
赤く染まった西空を見てやっと北海道に来た実感がわき始めたのである。



食は港町函館・港まちならではの新鮮魚介の刺身や握り鮨。
函館名物塩ラーメン。
揚げたてのエビのてんぷらなどなど信州では味わえないものばかりである。

事の後、温泉へと言う所ではあるが8時20分には函館山からの夜景見物である。
帰って来るまではお酒は控えめ。
函館夜景は世界三大夜景の一つであり函館山からの夜景が楽しみである。

館山は観光バス・タクシーは30分間の規制があるらしい。
30分間に夜景写真をと三脚を持ちレリーズを付けてカメラをセットアップして望む。

スを降りると訳の分らぬ声が飛び交う。
日本語ではなさそうである。
それも耳がキンキンとなる様な大声。
どこに行ってもその国の声は耳触りである。

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んな中、函館港と太平洋に挟まれくびれた地形の函館の街並み。
何と素敵な夜景であろうか。

クリックすれば大きくなります。 写真中心部の塔が五稜郭タワー


望台の上から見る函館の景色は圧巻である。
大勢の観光客は歓声を上げてはいるもののまたもや例の国の言葉でしゃべる声が大きく耳に入る。

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から身を乗り出して見る輩もいるほどの混雑である。
それにしても諏訪の夜景と違いキラキラと街中が光輝いている。
時間の経つのは早いものである。
集合時間になりホテルに戻る。

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日は札幌からの修学旅行生が222名。
その他に外国系の観光客が宿泊と言う。
時間も10時過ぎだから浴場も空いているだろう。

い考えであった。
修学旅行生はいないものの例の国の人が大勢入っている。
あの耳がキンキンとする程の大声を立て浴槽の湯を他の客がいようとお構いなし。

面を叩き水滴がほとばしる。
洗い場では走り回り手拭いは浴槽に入れ平気の平左である。
よその国の援助や協力で一時成金になった国の庶民の民度は非常に低い。
日本で言う道徳の観念が全然ない。
それもいい大人がである。

呂からあがり暖まった体を冷やしながら飲む函館の地ビールがまたいい。
部屋でみる函館・湯の川温泉の夜景を見ながら一日目の移動行程を振り返るのであった。

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久々に亜熱帯へ 8[奄美への旅]

2013年10月13日 | 旅行
美滞在最終日の朝が明けた
昨夜の暴風雨は全て夢の中
起きて外を眺めると景色がやけに霞んで見える



発は9時だからまだ充分に余裕がある
早速、カメラを持ち出し浜辺に出る
しかしフィルターがすぐに曇ってしまう
拭いては撮り拭いては撮りの連続である



夜の雨と暑さで水が蒸発しているのだろう
薄日が差しているが靄っぽい空模様である。
...が沖合を見ると5mを越える高波が打ち寄せている
台風は今日の午前中に最接近の予定である



の水が混じる辺りにチョコチョコと動き回る鳥
チドリには違いないと思うが...。
帰って来てから調べるとイカルチドリ



辺にはグンバイヒルガオの花が群生している
砂地に蔓を伸ばし繁茂しているようである



辺のグンバイヒルガオの薄ピンクの花と黄色のアメリカハマグルマ
黄色とピンクの花の競演である
なんせ蒸発する水分がすぐにフィルターを曇らせるから画面がソフトになってしまう



...電線に数羽のツバメが止まっている
諏訪で見慣れたツバメと違うようである
リュウキュウツバメと言うらしい



沿いに貝やカニを狙っているのだろうか
オグロシギが盛んに上に行ったり下に行ったり...。
朝の海岸は賑やかい



て、浜辺から堤防に出ると草むらに綺麗な鳥がいる
透き通った様な声でツピー チョイチョイヒーチョピー...
と聞こえる。

ょっとしてルリカケス
ルリカケスの鳴き声はこんなに綺麗では無い
カケスと同じでギャーーッギャーーッと鳴く訳である
ルリカケスにしては背中が赤くない
帰って来てから調べたらイソヒヨドリの様である
ヒヨドリの鳴き声とは雲泥の差である。



れにしても綺麗な鳥である
いつも見慣れたキィーキィーと鋭く鳴くヒヨドリの姿では無い。
そろそろ朝食の時間
朝の浜辺を散歩して撮れた野鳥である




久々に亜熱帯へ 7 [奄美への旅]

2013年10月12日 | 旅行
て、帰って来てから7日目にもなると、ところどころの記憶が怪しくなって来ている
このホノホシ海岸は記憶が鮮烈である
観光バスを降りる頃は台風による強い風が吹いていた


を靡かせながらアダンの木がある遊歩道を進むと突然視界が開ける
視界が開けると同時に雨も強く降りだす
海は荒れ狂い潮が舞ってくる
それも半端な潮では無い
頭髪の一本一本が抜けるような風と目に沁みる潮



れていれば海岸には砂浜ではなくまん丸い小石が敷き詰められたビーチ
中央にある大きな岩は下の部分がトンネルになっている
干潮時にはトンネルをくぐって左右の海岸を往来することができると言う

かし、である
現実は顔全体がしょっぱい
髪は渦を巻いている
手櫛で整えようにも大して髪がある訳でもないのだが...
そこに雨
早々と退散したのである



れ狂う雨と風の中宿泊地北部海岸のホテルばしゃ山村へと向かったのである
そうそう、奄美の方言では美人の事をキョラムンと言うらしい
不美人の事はバシャヤマという
でもこのホテルはそのバシャヤマでは無くて芭蕉山から来たものと言う

テルの裏はすぐに海辺
一息ついてビーチになっていると思われる砂浜へ



の後午前2時頃台風の猛烈な風雨があったと言う
明日のフライトどうなるのかと添乗員は眠れなかったとか...
こちらは旅疲れでぐっすりと夢の中であった



久々に亜熱帯へ 6 [奄美への旅]

2013年10月11日 | 旅行
美大島最南にある古仁屋。
ここで美味しい海鮮丼を頂く。
島唄付きである
お姉さんらしきおばさんがサンシンを片手に登場
島唄を唄い始めるのである



変わらず海は荒れている
大きな波と風で海面にウサギが飛ぶ。
これから海中透視船で珊瑚礁と熱帯魚を見るらしい

れで、本当に行くの~
それもお昼を食べた後である
20分ほど船に乗って行くらしい

航したものの台風の風で海は大荒れ
2mほどの浮き沈みの連続。
縦に横に舟は波にもまれている
海無し県の人種一行様が行くにちょっと過酷である

まけに窓枠から水漏れ
座席に滴り落ちてビッショリである。
船酔いの人続出である

底から海底を見ても濁っていて良く見えない
たまに数匹の魚が横切る程度
綺麗な熱帯魚なんていない。
こんな日には無理だろう

んて思っていると察したか...
海中透視は取りやめ。
加計呂麻島への上陸となった

れていれば青空と珊瑚礁の海
コバルトブルーの海辺で一時を過ごす事が出来たろうに...。
この頃はまだ雨は降っていなかった。



落の中央には「ミャー(宮・庭)」と呼ばれる広場がある
ちょうど古びた木造の集会場の様な建物が立っている。
その前に土俵がある。
豊年祭などの行事の時に相撲が行われるらしい

い路地をしばらく進み石垣を観賞して上陸10分
目的があって加計呂麻島を観光するのならいいのだが...。
ただ上陸したのみであった



して又20分かけて荒海へ出航
何のための上陸と海中透視だったのかイマイチ不明である。 
この頃になると台風も近づいて来たのだろうか
雨、風が唸るように吹いたり暫くすると小康状態になったりの天気

知山展望台に着く頃はその小康状態であった
奄美本島と加計呂麻島の海峡を大島海峡と言う。
その大島海峡から先程上陸した加計呂麻島を見渡せる


い空に青い海...
だったらさぞかし綺麗だろうな
と思いながら足早に次のホノホシ海岸へ向かうのである




久々に亜熱帯へ 5 [奄美への旅]

2013年10月10日 | 旅行
こでの自由時間が約1時間程ある
この機を逃しては...
野鳥や蝶などを川沿いにに探し歩く
と言っても草むらには入らない。
夜にならなければハブはでないと言われていてもどこに潜んでいるか分からない

名では「極楽鳥花」で親しまれているいかにも南国らしい花。
これが土手に咲いているのである。
それも群生して咲いている。
まことに所変われば...゛ある。



ると鮮やかな模様の蝶。
この蝶が何羽も舞っている。
草の葉に止まったので撮って見る。



ットで調べるとアオタテハモドキと言うらしい。
この辺ではもちろん見かけない鮮やかな色である



ンキチョウは奄美でも健在らしい
そこら中で見かける。
藪の中にツマグロヒョウモン
この蝶は夏には諏訪辺りでも見かける。



ンダンカの花が赤く咲いている
ここは公園にもなっていて亜熱帯に咲く色んな花を植えてある。



のサンダンカの花を見ていたら翅の先がオレンジ色の蝶が止まる
ツバベニチョウと言うらしい
逆光になってしまったのでサンダンカの花もオレンジになってしまった。



べりにある葦の様な植物が島を作っている。
そこから聞きなれたチィーーッ、チィーーッの声
カワセミの声だと思いカメラを構えたが遠く向こう岸に飛んで行ってしまった

の公園には樹齢何年になるのだろうか。
「幸せを呼ぶ樹・幸せを見守る樹」と呼ばれているガジュマルの木
根が絡み合いいかにも精霊がいるような気配さえ感じる


と言う木か分からないが青い花が咲き黄色い実を付けている
この他にも知らない色んな木がある。



の木は沖縄夾竹桃(ミフクラギ「目脹ラ木」)と言うらしい。
葉は本土の夾竹桃と違いふっくらとしている。
木の上には白い花。



の実が緑から紅く変わっている。
じつはこの実は有毒らしい。
名前(「目脹ラ木」)の通り未熟果等の傷などに触れた手で目をこすると腫れるという。
でも見た感じは美味しそうな実の様であるが...。




も風もなく薄日の射す自由時間を堪能したのである




久々に亜熱帯へ 4 [奄美への旅]

2013年10月09日 | 旅行
て、大浜海浜公園から移動してマングローブパークへと向かう
マングローブは沖縄や西表島で見た事があるのだが...
マングローブの原生林の中をカヌーでの体験もある



回はパスをして展望台へと向かう
時折見渡せる場所ではカヌー体験をしている一行の人たち
晴れていればよかったがカッパを着ての体験である。



の頃は薄日が差したりしているが何としても風が強い
展望台に登る途中には大きな女郎蜘蛛
桁が違う大きさである。
脚先までは軽く15㎝は有りそうな蜘蛛である



望台からはマングローブの原生林が一望
暑くて湿度の高い日である。
階段を登って行くだけで汗がにじむ程の暑さである



て、展望台で景色を眺めていると...。
リュウキュウハシブトカラスと言うらしい
カアーカアーとおなじみの鳴き声で全身光沢のある黒緑色をしている。
本州の亜種との違いは良く分からないが口の中に何かの種子だろうか。
一杯に頬張っている



んな光景を見ながら展望台から下りてきたのである
水辺に立ちマングローブの根を水中から撮って見ようと思ったが水は綺麗では無かった。
風も静かになり薄日が射して来たので辺りを散策する




久々に亜熱帯へ 3 [奄美への旅]

2013年10月08日 | 旅行
日は一日観光の日である。
気になるのは台風。
少し西寄りに進んだようであるが暴風圏近くである。

は余り降っていないものの風が唸っている。
奄美大島の産業は土木関係や漁師、水産加工業それと観光と言う。
朝8時頃の通りは通勤で渋滞こそないもののそれなりの混雑である。



食を済ませ朝8時の出発である。
まず大浜海浜公園へと向かう。
約15分程乗ったであろうか到着である。



こにはバナナならぬイトバショウの木が沢山植えてある。




の森一帯には珍しい野鳥。
ひと目見たいと思ったが出て来てくれるはずはない。
ルリカケスやアカショウビンは見たい鳥の筆頭である。



かに野鳥の囀りはあちこちで聞こえてくる。
雨も風も治まっている。
園内では亜熱帯を代表するといえばこの植物。



イビスカスやブーゲンビリアである。
ハイビスカスは園内に白の原種こそないものの黄色、オレンジそして赤。
色とりどりである。



いていて先程から校倉様式の建物が気になる。
多分あれの倉庫ではないかと思っていたが...。
図星である。




て園内を抜け海岸に出る。
そこには貝や珊瑚礁のかけらが散らばっている。
晴れていればコバルトブルーの海を見ながらの海岸線の散歩なのだが...。
まぁ、台風接近なのだから曇りなら恩の字か。
と半分諦めながら海無し県人の憧れの海岸線をそぞろ歩く。



こそ降っていないものの波は高い。
外海の珊瑚礁だろうか。
高いうねりが飛沫を上げている。





久々に亜熱帯へ 2 [奄美への旅]

2013年10月07日 | 旅行
て、奄美空港から約40分で奄美最大の街・名瀬に到着
奄美大島の全人口は6.8万人程度。
そのうち奄美市名瀬の人口が4.4万人

60%の人口が集中している場所でもある。
その中心街の中にある奄美サンプラザホテル
玄関を入ると「イモーレ」



モーレ」ではなくイモーレである
奄美の方言で「いらっしゃいませ」と言うらしい
さて部屋割に従い4階の部屋に案内される。



の日の夕食は自由食
名瀬マップなるものを片手に街に繰り出す
石垣島に行ったおり島唄が聞け郷土料理や居酒屋が良かったので...。
出来たらそんな店がいいなと思いながら探す




唄こそないが郷土料理を単品で注文できる誇羅司屋と言う店に入る
もずく酢・サザエのつぼ焼き・豚味噌が少しずつ出されているテーブルに座る
そこでオーダー



ずはソフトドリンクと黒糖焼酎の種類はいくつかあるので選んで注文
カンパイとなったわけである
さて郷土料理のオーダー。

身盛とアカウルメの唐揚げ、アバス(ハリセンボン)の唐揚げ、小エビの唐揚げなどを注文
もちろん野菜もである。
このアカウルメの唐揚げやアバス(ハリセンボン)の唐揚げ

アカウルメの唐揚げ


アバス(ハリセンボン)の唐揚げ

れが実に美味しい
黒糖焼酎に良く合う
その他に海鮮茶碗蒸しや鶏飯などを美味しく頂く

酒が回った所で外に出るとポツポツと雨
さほど気にならない雨である。
台風の影響であろう
時折うなり声を上げて街路樹に風が舞う。
ここまで来たら24時間営業のグリーンストアー(スーパー)へ



こでドラゴン・フルーツと知る人ぞ知る種子島特産の安納芋をゲット
この安納芋は焼き芋にすると今まで口にした中では一番美味しい芋ではないだろうか
台風接近の中この街をブラブラしながら宿に戻ったのである



久々に亜熱帯へ 1 [奄美への旅]

2013年10月06日 | 旅行
は行く前の待つ楽しみ
行って珍しい景色を見たり美味しい物を味わう楽しみ
そして旅の余韻を楽しむ楽しみがあるという

聞の折り込みで松本空港発着の奄美3日間の旅の広告
奄美かぁ~
行った事がないなぁ~
...とそこから今回の旅行が始まったわけである

り長い旅は帰って来てからの疲れが半端でない
若い頃は多少の無理は良かったのだが...。
2泊程度が一番いい

速、奄美大島をネットで検索
亜熱帯の小島で鹿児島県と沖縄の中間地点
奄美の大島紬は有名と言う位の知識しかなかった。
ルリカケスやアカショウビン、アカヒゲなどの珍しい鳥がいると言う

...といって大きなレンズ。
をかついで行く訳にはいかず
また台風23号の動きも気になる所である
この台風、予報では沖縄を直撃するらしい

んな旅になるかはおおむね想像が出来た
多分、雨降り
それも台風となれば相当の風雨であろう
南国の台風は何回か遭遇しているが半端な風雨では無い。

っていても飛ばされてしまう程の力強い風
渦を巻くように降る雨。
海岸の砂が100m先まで飛んで来て顔に当たり痛いほどである

...言う訳で。
台風が来なくては味わえ無い様な滅多に経験出来ない旅
そんな思いを秘めながら地元・松本空港に向かったのである

から空港までは車で40分余り
この日の松本空港は台風22号の影響か曇りであり風も時折強く吹いている。
ロビーにはこのツァーに参加するほぼ同年代のES族が集まりだしている
若い人たちも2、3人はいるだろうか。
総勢66名だからロビーの中は賑やかい

物を預け、そうこうしているうちに窓越しにチャーター機が到着
チャーター機はFDA機のライトブルーの機体
搭乗人数76席の機体にはタラップで搭乗


イク・オフの時を待つ
やがて機体は誘導路から滑走路に移動。
滑走路でエンジンを一気に吹かし座席にあのGが掛かる。



がて大空へ
曇りの天気であっても雲の上は青空
地上から鱗雲を見た事は何回もあるが珍しく上空から鱗雲を見下ろす。
知多半島・紀伊半島・足摺岬沖を通り奄美大島まで2時間15分のフライトである




美空港に着いたのはもう日が暮れて辺りは暗い
ても亜熱帯と言うだけはある
気温は29℃



温かい風が南国の風を感じさせる。
トックリ椰子の街路樹やソテツの木が南国のイメージを強くする
バスは奄美市の中心街・名瀬にある奄美サンプラザホテルへと向かう



北陸の旅...弐

2012年07月08日 | 旅行
て、ホテル百万石
仲居さんの話では4連泊の400人のお客さん。
本館は満室状態...とか
部屋に通される。
2人で泊るには大きすぎる部屋



ットルームが2部屋
8畳和室が2部屋。
テレビも2台。
トイレは男女別。
それにお風呂。

ての部屋を2人では使えきれない
まぁ、荷物は和室に置いておくとして...。
あとはベットルームがあればいい

を眺めると中央に噴水
夏にはプールになるという。



代温泉は肌ツルツルの温泉
早速、浴場に向かう
広い浴場には誰もいない
貸切状態ではあるが広い中にポツリと一人
400人のお客さんはまだ研修時間らしい

食も海の近くだけあって生ものは信州とは比べ物にならない
アワビの踊り食いからシャブシャブのコース
食べ進んでいくと最後はアサリご飯。

酒も進み食べきれるなんて量じゃない
そこに勢いでステーキを追加
もうギブアップ
やっとの思いで部屋に帰る


て次の朝。
土砂降りの雨
「梅雨前線の活動が活発化していて北陸では...。」
テレビから盛んに流れている

食はバイキングである
まだ喉辺りまで夕べのディナーが詰まっている
ほんの軽く朝食を済ませる

て、永平寺にでも行って見よう。
という事で旅館を後にする
途中まで行くもののこの辺ではお目にかかれない位の大粒の雨。
フロントガラスを叩きつける
この雨ではびしょ濡れになるだろう。
行くのをやめよう

と来た道を引き返す。
何回も来ている金沢兼六園に行く事にする。
金沢に着くと雨も小降り

れなら行けるかも...。
なんて思ったのが大間違い
途中まで行くと大粒の雨
屋外の散策は無理。
という事で富山を過ぎ魚津へ

津は海辺の町だから生ものは新鮮
お昼はやはり寿司にしよう
ってことでお寿司を頬ばる。

辺の寿司ネタは甘くて大きい
しかし夕べの夕食がやっと喉からお腹の中へ移動...
お腹の容量が決まっているのだからそれ以上詰め込む訳にはいかない
お腹が痛くならない程度に頂く。

て魚津といえば蜃気楼とホタルイカが有名。
今は蜃気楼など見える訳がない。
で...。

昼のお寿司の腹いせ()に水族館を見る
雨は相変わらず激しい降りである。
美味しそうな魚が一杯泳いでいる
海老、タコ、カニまさに宝庫である。



んな水族館を見て埋没林博物館へ。
雨降りでは屋内施設を見るに限る。
館内に入るとヤケに賑やかい
関西の中高年の団体のおばさん連。
独特のイントネーションと笑いで圧倒される



イビジョン映像が始まる
蜃気楼と埋没林の映像が流れる。
ハイビジョンの映像は本当に綺麗である

こで時間が4時を過ぎる
帰りは直江津から長野-岡谷で帰ろう
相変わらずの強い雨足
ゆっくり運転で帰路に向かう

北陸の旅...壱

2012年07月07日 | 旅行
陸への旅
2日目は雨に降られたがそれなりに楽しい旅であった
諏訪から北陸に向かうには色々なルートがある。
今回は松本から上高地方面へ。
安房トンネルから高山に向かう。
東海北陸道-北陸道を通り目的地へ

地の街、小松市。
やはりひっきりなしに聞こえるのは轟音
自衛隊、民間飛行機が腹を見せて低空を飛行する
沖縄を含め基地の街の大変さを実感する

ずは安宅の関。
歌舞伎「勧進帳」で全国に知られる安宅の関。
兄の源頼朝に謀反を疑われて追われる義経
奥州平泉へと落ちのびる途中に通りかかった安宅の関



慶は白紙の勧進帳を読み上げ義経をかばう。
その忠義の心に感じた富樫は義経と知りながらも一行を解放し関を通す。
ご存じのくだりである
平日で有り曇り/小雨の天気では訪れる人もまばらである



回はその土地に行き見るものがあったら見ようと言う気楽な旅
小松市から那谷寺方面に向かう
那谷寺は今回が初めて。
観光をする中に組み込んであった。

きな観光看板がある
ん...
ゆめのくにの森。
なんだろう

た看板。
伝統工芸村ゆのくにの森
「ゆめのくに」でなくて「ゆのくに」である
まぁ、まだ時間は早い
寄って行こう

の「ゆのくにの森」
江戸・明治時代の茅葺き屋根の民家を移築し加賀の伝統工芸の体験ができるらしい
加賀友禅・金箔・輪島塗・九谷焼などなど茅葺の館の中で展示している



然ながら工芸体験などの時間は無い
が、加賀の工芸技術に目を奪われる
遊歩道に建てられた七夕飾りも目を引く



が止み薄日が差している。
館内は蒸し風呂の様な暑さ
店員は平気な顔
よくぞこの暑さに耐えている

も店員の額にも汗がにじんでいる
節電もここまで徹底しているのか。
水分補給しなければ熱中症になりそう
自販機で冷たい水分を補給。
又汗が噴き出す

路に咲くガクアジサイ
雨の後、このガクアジサイにも大粒の汗()
その汗を見ながら「ゆのくにの森」を後にする



て、那谷寺
那谷寺といえば松尾芭蕉の奥の細道で有名なお寺。

 「石山の石より白し秋の風」 芭蕉




谷寺への参道は長くその「石山」に繋がっている
周辺の木々の緑も鮮やかである



道を入るとすぐに金堂
金堂内には大きな千手観音
圧倒される



西国三十三観音の一番「那智」と三十三番「谷汲」の山号から一字ずつを取る
そこから「那谷寺」と名付けたと言う。
一寺を参拝すれば三十三寺を拝観した事になるとか...

道わきには苔むした木々
太古の世界に引きづり込まれるような錯覚



さに自然の中に身を投じている感である
珍しい形の石がさまざまに立ち並び古松が植え並べられている。

さなお堂が岩の上に建ててあり景色のよい場所である
参道からどれくらい登って来たであろうか
石山の向こうに本堂



堂から眺める景色は又よい
雨も止み薄日が差し始めている。
木々の緑も綺麗に映える



こからの眺めを河合曾良と一緒に見たであろう松尾芭蕉。
河合曾良は諏訪市の生まれ
奥の細道に同行した一人である


の三重の塔も国の重要文化財に指定されていると言う。
石山の上にそそり立つ三重塔
その中には阿弥陀様が安置されている。


日が差す境内を散策し宿、山代温泉ホテル百万石へと車を走らせる
つづく...

石垣島・周遊観光

2011年10月05日 | 旅行
て、八重山諸島観光も最終日
明日(10月2日)は朝9時25分のフライト
今日の観光は石垣港近くの珊瑚礁
海中観光船に乗り珊瑚礁に回遊する熱帯魚を観察

発はゆっくりの10時
朝食を済ませフサキリゾート辺りを散策する
今朝も晴れていて蒸し暑い
が、風が少しある。



辺には見た事も無い花が咲き乱れる



国の花はどれも原色



には優しい色合いの花も咲く



て、少し早いが石垣港に向かう
途中のサトウキビ畑。
ざわわ~ ざわわ~ ざわわぁ さとうきび畑よぉ~
まさにそんな雰囲気



んな光景を見ながら石垣港へ
朝から風がある
今回はこの船により乗って海中を見る




石垣港を離れる



ィリピン沖を行く台風の影響だろうか。
先程より風が強まっている
珊瑚礁近辺に波がしらが荒れ狂っている
これで海中が見れるのだろうか...なんて思っていると...
船長が海中が全然見えないから港に引き返します



ぁ事故にでもなったら様にならないから...と思い諦める
さて、上陸してから時間はたっぷりある
そうだ川平湾ならば海中を見れるかも...
川平湾までドライブ



平湾に着くと余り風も無くグラスボートも営業している
早速乗りこみ海中遊覧
大きなしゃこ貝が口を開けて...




い珊瑚礁に青い熱帯魚が泳ぐ姿...



中遊覧も終わり駐車場に戻る
そろそろ昼時
八重島そばを食べよう
って事でご馳走になる



て、お腹も一杯になった所で石垣島を一周してみよう
話がまとまるのは早い
石垣島を一周しても約120km。
時間にしても2時間ちょっとで回れる

垣島の北、野底を目指す
と、進行方向右にヤケに尖った山
あれが野底マーペーか
標高282.4m、尖った形が特徴のこの山は悲しい恋の物語の
ヒロインの名前をとって「野底マーペー」と呼ばれているという



んな山を見ながら野底に到着
野底から船越地区に入ると...。
道沿いに何やら黒い寒冷紗が掛かった畑がある
そこでまたトロピカルフルーツの看板が...


ラゴンフルーツとパイナップルの試食
うんまい
そうだ
これをお土産にしよう
しかし10月25日頃でなければ完熟しないとの事
遅くなるが珍しくて美味しいからいいや

て事で合計10個のドラゴンフルーツをゲット
ドラゴンフルーツファームを見せてもらう。
へぇ~、こんな風になるんだ
確かにサボテンになっている



れが完熟して来ると赤くなるのか
へぇ~



むらの奥には島バナナがなっている
ハブが怖いがヤギが繋いでいるからいないだろう
ハブはヤギの匂いが嫌いらしい
草むらのあちらこちらにヤギが繋いである

る恐る入って行き写真を撮る
モンキーバナナ程の大きさ
帰りに島バナナを頂いたが味が濃い



て、道草をした。
天気も曇り空に変わって来た。
ここから近い玉取崎展望台に行こう
玉取崎展望台からは石垣島最北端の平久保崎が見える

気が良ければもっと綺麗に見えるのに...
と思いながら珊瑚礁によりコバルトブルーに変わっている海面を眺める
どこに行ってもハイビスカス、ブーゲンビリアは咲き乱れている



垣島の東側に差し掛かる頃、雨が降って来た
石垣市辺りまで来ると止んでいるのだが...
外に出ると湿度100%
メガネが一瞬のうちに曇って目の前が見えない

うして八重山観光旅行は終了
今回はインターネットでパック予約
航空券・レンタカー付きで3泊4日の旅行日程であった
もう一度行きたい所である
そして今度は日本最南端の島、波照間島まで行ってみたいな

八重山諸島・離島観光-西表・由布島-2

2011年10月04日 | 旅行
食後、まだ時間はゆっくりある
遊歩道わきの花ばなを見て歩く



布島は小さい島である
少し歩くと又海辺に出る
そこから見る小浜島
透き通った海に真っ青な青空。
まさに壁紙にでもしたい風景である




ダンと言う名の木。
パイナップルの様な実がなっている
この実はヤシガニの大好物のようである。



た、根がタコのように出ている。
正しくタコの木
サッカーボール状の実をつけている。
この実は熟すと食べられるらしい



して幸福をもたらす精霊が宿っている木とも言われているガジュマル
気根というサツマイモのような丸くて太い根を張り、
それらが絡み合って見た目にとても面白い形になっている



こにも細かな真っ赤に咲くサンダンカ
あちらこちらで見かける



してなんといってもアリアケカズラ
黄色いラッパが可愛らしい



て、そろそろ出発である
帰りはまた違う水牛車。
おばあさんの水牛車である

西表島の産業と言えば石垣牛で有名な肉牛。
サトウキビ等の農家。
それに観光が主流と言う。
そのおばあさん水牛車に乗り西表島に向かう



線を取りだし「安里屋(あさどや)ユンタ」。
サァ 君は野中の茨の花か サァユイユイ~
何度聞いても心が和む
おばあさん歌手だから声量も小さいが一生懸命に口ずさんでいる
これがまたいい
旅の想い出がまたひとつ増える



西表島・大原港まで戻り高速船で竹富島に向かう
遠くなる西表島・大原港を見ながら水牛車、花一杯の由布島を思い出していた



重山諸島の海は綺麗だ
色がコバルトブルー
この下にはサンゴ礁そして熱帯魚が営巣しているのだろう。
やはり南海である



て、高速船は竹富島に到着
マイクロバスで島めぐり
この竹富島には信号機が一つだけある
人口314人の島だから信号機などいらないのだが...。

供が竹富島を離れ石垣島や沖縄本島に行った時、
信号機の操作や渡り方を知らなければ困る
と言う事で教育の為にあると言う

ずは星の砂で有名(?)な皆治浜
ここの砂浜は綺麗である



こで星砂を拾う
手のひらを砂に押しつけて付いてきた砂の中から星砂を選ぶ
星砂は尖っているから手に付きやすいと言う



らにはレイや貝殻、星砂を販売している立派な販売所。
一日中観光客相手で大変であろう...なんて思ったりして



イクロバスはコンドイ浜へと向かう
コンドイビーチはサンゴ礁の白い砂浜それがず~っと沖まで遠浅
綺麗なビーチである

こで下車と思いきや
またこんどこい
コンドイビーチだ...ワッハッハッ
で下車無く通り過ぎる



こから水牛車で多くの人がイメージする昔ながらの
沖縄の原風景が残る平坦な村を案内してくれる
若いお姉さんのガイドよろしく水牛車に揺られる



瑚で造られた石垣
そこに咲くアリアケカズラ
南国の造りである



根には守り神のシーサーが睨みを利かせている。



家の石垣には色んな花が咲き競う
ブーゲンビリアであったりハイビスカス、アリアケカズラであったり
南国情緒を満喫。


牛車のお姉さんは三線を取りだし「安里屋(あさどや)ユンタ」や涙そうそう等の唄。
沖縄方言の涙そうそうが旅情を醸し出す。
いい声で聞き惚れる
のんびりゆったりである



陰に行くと水牛は動かない
暑いから当然である
『さっ、いこか~
掛け声をかけても動かない
これがまたいい
のんびりゆったりである



富島の集落。
サンゴの石垣に囲まれ周囲をふくぎの防風林。
屋根は赤瓦。
この景観を保存して行くのも大変と思って見てきた


ったりのんびりの竹富島。
水牛車に乗っての沖縄民謡
たいへん良かったです


て三島巡りツアーはこれで終わり
4時頃には石垣港に着く
それからフサキリゾートへ

だ時間が早い
って事でサンセットを浦底湾に見に行こう。
車を走らせる
そこから見るサンセット
郷愁を感じる



て、夕食
まだ石垣牛を食してない
と言う事でバーベキューレストラン「石垣牛焼肉&ダイニング 琉華」へ



の店は石垣リゾートグランヴィリオホテルのお抱え。
知る人ぞ知るのお店である
石垣牛
柔らかく脂がのった肉である
炭火で焼くのだからたまらない
ついつい食べ過ぎ



腹がイッパイになりフサキリゾートに帰る
部屋から見る三日月
今夜の月は夕月か
なんて思いながら2日めが終わったのである。



デジブック 『八重山諸島・島めぐり』