前回と同様、次の箇所でも<位置決定不可能性>が繰り返し強調される。
「私は昼食後、ひとりでヴェネツィアの町をぶらつくのでなければ、母と出かける準備をするため、ラスキンについて進めている仕事のメモを書きつけるノートを持っていくため部屋へあがった。そのとき角をへこませた壁の曲がり角にいきなりぶつかって、海に強いられた制約のせいで土地がじつに節約して使われているのを感じた。私を待つ母のもとへ急ごうと階段を下りるとき、コンブレーでは鎧戸を閉めきった部屋の暗がりのなかにも日射しがごくそばにあるのを味わうのが心地よいこの時刻、ヴェネツィアでは、ルネサンス期の画でパラッツォの中なのかカレー船のなのか判然としない箇所に描かれた階段とそっくりの大理石の階段の上から下に至るまで、外と同じような冷気と燦然たる輝きの感覚が味わえた。開けっ放しのまどの前ではためく日除けの布のおかげだろう、窓から途切れなくはいってくるそよ風のなかに、たゆたう水面を這うように流れこんだなまあたたかい影と緑色を帯びた陽光は、すぐそばに移ろう波が明るくきらきらとゆらめくさまを彷彿とさせた。私がいちばんよく出かけた先はサン・マルコ大聖堂で、そこへ行くにはまずゴンドラに乗らなくてはならず、それゆえサン・マルコ大聖堂がただの歴史的建造物ではなく春の海をわたる旅路の終着地と映り、私にとって大聖堂はその海の水と分かちがたく生きた一体をなしていたから、それがなおさら楽しかったのである」(プルースト「失われた時を求めて12・第六篇・P.505~506」岩波文庫 二〇一七年)
(1)「ヴェネツィアでは、ルネサンス期の画でパラッツォの中なのかカレー船のなのか判然としない箇所に描かれた階段とそっくりの大理石の階段の上から下に至るまで、外と同じような冷気と燦然たる輝きの感覚が味わえた」
そんな場合<私>がいるのはコンブレーなのだろうかそれともヴェネツィアなのだろうか。
(2)「途切れなくはいってくるそよ風のなかに、たゆたう水面を這うように流れこんだなまあたたかい影と緑色を帯びた陽光は、すぐそばに移ろう波が明るくきらきらとゆらめくさまを彷彿とさせた」
そんな場合<私>は部屋の中にいるのだろうかそれとも小運河を絶え間なく移動するゴンドラの上にいるのだろうか。
(3)「私にとって大聖堂はその海の水と分かちがたく生きた一体をなしていた」
そんな場合サン・マルコ大聖堂と海とは分離されているのだろうかそれとも二つで一つのものとして融合しているのだろうか。
(1)(2)(3)いずれを取ってみても、融合しているようであり融合していないようでもあるとすれば、それはもう間違いなくトランス(横断的)<交通=性交>の流れのアレゴリーであるというほかない。ニーチェ流に言い換えればこうなる。
(1)「《視覚の二重性》。ーーー君の足もとの水面に突然震動が生じて鱗(うろこ)状の波が走るのと同じように、人間の眼にもそういう不確実さや曖昧さが突然生じることがある。そういうときわれわれは自問する、これは戦慄だろうか?微笑だろうか?それともその両方だろうか?と」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的2・第二部・二四八・P.447」ちくま学芸文庫 一九九四年)
(2)「私たちは、私たちが《よく知っている》ものしか見てとらない。私たちの目は無数の形式の取り扱い方を絶えず練習している、ーーー形象の構成要素の大部分は感官印象ではなくて、《空想の所産》なのだ。感官から得られるのは小さな誘因や動機にすぎず、これが次いで空想によって仕上げられる。『《無意識のもの》』に代えるに《空想》をもってすべきである。空想が与えるものは無意識の推論というよりは、むしろ《たまたま思い浮べられた可能性》である(たとえば沈み浮き彫りが観察者にとって浮き彫りに変わる場合)」(ニーチェ「生成の無垢・下・八四・P.60~61」ちくま学芸文庫 一九九四年)
その点で<主観を一つだけ想定する必然性はおそらくあるまい。おそらく多数の主観を想定しても同じくさしつかえあるまい、それら諸主観の協調や闘争が私たちの思考や総じて私たちの意識の根底にあるのかもしれない>とニーチェはいっている。
「《主観を一つだけ》想定する必要はおそらくあるまい。おそらく多数の主観を想定しても同じくさしつかえあるまい。それら諸主観の協調や闘争が私たちの思考や総じて私たちの意識の根底にあるのかもしれない。支配権をにぎっている『諸細胞』の一種の《貴族政治》?もちろん、互いに統治することに馴れていて、命令することをこころえている同類のものの間での貴族政治?
肉体を信ずることは『霊魂』を信ずることよりもいっそう基本的である。すなわち後者は、肉体の断末魔を非科学的に考察することから発生したものである。
《肉体》と生理学とに出発点をとること。なぜか?ーーー私たちは、私たちの主観という統一がいかなる種類のものであるか、つまり、それは一つの共同体の頂点をしめる統治者である(『霊魂』や『生命力』ではなく)ということを、同じく、この統治者が、被統治者に、また、個々のものと同時に全体を可能ならしめる階序や分業の諸条件に依存しているということを、正しく表象することができるからである。生ける統一は不断に生滅するということ、『主観』は永遠的なものではないということに関しても同様である。また、闘争は命令と服従のうちにもあらわれており、権力の限界規定が流動的であることは生に属しているということに関しても同様である。共同体の個々の作業や混乱すらに関して統治者がおちいっている或る《無知》は、統治がおこなわれる諸条件のうちの一つである。要するに、私たちは、《知識の欠如》、大まかな見方、単純化し偽るはたらき、遠近法的なものに対しても、一つの評価を獲得する。しかし最も重要なのは、私たちが、支配者とその被支配者とは《同種のもの》であり、すべて感情し、意欲し、思考すると解するということーーーまた、私たちが肉体のうちに運動をみとめたり推測したりするいたるところで、その運動に属する主体的な、不可視的な生命を推論しくわえることを学んでいるということである。運動は肉眼にみえる一つの象徴的記号であり、それは、何ものかが感情され、意欲され、思考されているということを暗示する」(ニーチェ「権力への意志・下・四九〇~四九二・P.34~36」ちくま学芸文庫 一九九三年)
ソ連型全体主義を崩壊させるに十分なトランス(横断的)<交通=性交>の多様性の肯定だろう。
かといってそればかりを手放しで賞賛してばかりもいられない。マルクスはいう。
「1労働日は6時間の必要労働と6時間の剰余労働とから成っていると仮定しよう。そうすれば、一人の自由な労働者は毎週6×6すなわち36時間の剰余労働を資本家に提供するわけである。それは、彼が1週のうち3日は自分のために労働し、3日は無償で資本家のために労働するのと同じである。だが、これは目には見えない。剰余労働と必要労働とは融合している」(マルクス「資本論・第一部・第三篇・第八章・P.18」国民文庫 一九七二年)
必要労働と剰余労働との境界線はいつも変動しており従ってその境界線は<位置決定不可能>である。このことは<産業資本・流通資本・金融資本>それぞれで、いついかなる時でもある主観(価値体系)を異なる別の主観(価値体系)へ置き換え融通することができるという重大な問題を含んでいる。
そして今や海も陸も空も制覇した資本主義について。日本でも一九八〇年代後半すでに「産官軍学共同」という言葉が疑問に付され盛んな議論が行われていた。ドゥルーズ=ガタリはいう。
「国家の基本的任務の一つは、支配の及ぶかぎり空間を条里化すること、すなわち条里空間のための交通手段として平滑空間を利用することである。単に遊牧民を征服するだけでなく、移民を管理すること、より一般的に言えば、『外部』全体に、世界空間を貫くもろもろの流れの総体に、法の支配する地帯を君臨させること、──これらは各国家にとって死活問題である。なぜなら国家はあらゆる種類の流れを、人口の、商品すなわち商業の、そして金ないし資本などの流れを、可能なかぎりどこでも捕獲する過程と切り離せないものだからである。さらにそのためには、速度を制限し、流通を規制し、運動を相対化し、もろもろの主体と客体の相対的運動を細部にわたって加減するような、規定された方向をもつ固定した行程が必要である。この点に関してポール・ヴィリリオの主張は重要である。彼によれば、『国家の政治的権力は《ポリス》すなわち道路行政であり』、『都市の城門と納税所や税関は、人であれ家畜であれ財貨であれ、集団の流動性や侵入してくる群れの力に対する堤防でありフィルターなのだ』。重力、《重厚さ》は国家の本質であるが、国家は速度を知らないというわけではない。ただ国家にとっては、最も速い運動ですら平滑空間を占める動体の絶対的状態であることをやめて、条里空間のなかで一点から他の一点へ移動する『動かされるもの』の相対的性格になることが必要なのである。この意味では国家は運動を分解しては再構成して変容させる、つまり速度を規制することをやめないのである。それは道路管理者としての国家、方向変換器ないしインターチェンジとしての国家である。この点でエンジニアの役割は重要である。絶対速度ないし運動は法則をもたないわけではないが、それは《ノモス》の法則、つまりノモスを繰り広げる平滑空間の、ノモスに住む戦争機械の法則である。遊牧民が戦争機械を形成しえたのは、彼らが絶対速度を発明し速度の『同義語』になったからである。不服従行為、蜂起、ゲリラ、あるいは行動としての革命といった反国家的企てが生起するたびに、戦争機械が復活し、新しい遊牧的潜勢力が出現し、平滑空間が再構成される、あるいはあたかも平滑空間があるかのように空間に存在する仕方が再構成される、と言えよう(『街路を占拠する』という蜂起や革命のテーマの重要性をヴィリリオは指摘している)。そのためにこそ国家の反撃は、国家の支配をはみ出す危険のあるものすべてに対抗して空間を条里化することなのだ。国家は戦争機械をわが物にするにあたってそれに相対的運動の形式を与えねばならなかった。運動の相対化はたとえば運動の制御装置としての《城塞》のようなモデルによって行なわれた。城塞はまさしく遊牧民の躓きの石であり、渦巻状の絶対運動が寄せては砕ける暗礁であり防壁であった。逆に、国家が自己の内部の空間、あるいは隣接する空間を条里化しえない場合には、その空間を貫くもろもろの流れは必然的にその空間に反逆する戦争機械の姿をとり、その空間に敵対ないし反抗する平滑空間の中に繰り広げられることになる(たとえ他の国家が、そこにみずからの線条〔条里〕をしのびこませることになっても)。それは十四世紀末頃の中国が経験した出来事である。非常に高度な造船や航海の技術をもっていたにもかかわらず、中国は壮大な海洋空間に背を向けたために、商業の流れが海賊と同盟を結んで中国に反逆したのであった。中国は商業の大規模な制限という不動の政策によってこれに応えただけで、そのことがまた商業と戦争機械の関係を強化することになったのである。ーーーなるほど海は主要な平滑空間であり、すぐれて水力学的モデルである。しかし海はまたすべての平滑空間のなかで最も早くから人間が条里化しようと努めたものであり、固定した航路、一定の方向、相対的運動、そして水路や運河といった反水力学的企てによって陸に従属させようと努めたものなのである。西洋が覇権を握った理由の一つは、西洋の国家装置が北欧と地中海の航海技術を結びつけ大西洋を併合することによって、海を条里化する力を獲得したことである。ところがそれはまったく意外な結果をもたらしたのだ。つまり条里空間における相対運動の増加と相対速度の強度化は、平滑空間と絶対運動を再構成する結果になったのである。ヴィリリオが強調しているように、海は《現存艦隊》fleet in beingの場となったのであり、それはある一点から他の一点へと移動するのではなく、任意の一点からすべての空間を保持するのである。空間を条里化するのではなく、たえまなく運動する脱領土化のベクトルによって空間を占拠するのである。こうした現代的戦略は、海から新しい平滑空間としての空へ、そしてまた砂漠あるいは海と見なされた地球全体へと及ぼされる。方向転換器にして捕獲器である国家は運動を相対化するだけでなく、再び絶対運動を与えるのである。国家は平滑から条里にいたるだけでなく、平滑空間を再構成し、条里空間の果てに平滑空間を再び与える。まさにこの新しい遊牧性は、世界的規模の戦争機械をともなうのである。それは国家装置を越える組織をもち、多国籍的、エネルギー的、軍事・産業的複合体に取り込まれる。このような事実は次のことを示している。すなわち、平滑空間と外部性形式は必ず革命的使命をもつというわけではなく、どんな相互作用の場に取り込まれるか、どんな具体的条件の下で実行され成立するかによって、極端に意味を変えてしまうということである(たとえば総力戦や人民戦争あるいはゲリラでさえも、おたがいに戦争の仕方を学び合っているという事実がある)」(ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー・下・十二・P.80~83」河出文庫 二〇一〇年)
この事態の今日性について世界中の至るところで日々繰り返し問われ続けていることは何だろう。あらゆる市民は一体何に奉仕させられているのだろう。カフカの言葉を借りたいとおもう。
「『引延しというのはですね』、と画家は言って、ぴったりした言葉を捜すように一瞬宙に目を浮かせた、『引延しとは、訴訟がいつまでも一番低い段階に引きとめられていることによって成立つのです。これをやりとげるためには、被告と援助者、とくに援助者が絶えず裁判所と個人的な接触を保つことが必要です。もう一度言うと、この場合は見せかけの無罪判決を獲得するときのような苦労はいりませんが、そのかわりはるかに大きな注意が必要です。訴訟から目を離してはならないし、担当の裁判官のもとに、特別な機会に行くのはむろんとして、たえず定期的に出かけていかねばならず、いろんな方法で彼の好意をつなぎとめておかねばならない。もしその裁判官を個人的に知らないんだったら、知人の裁判官を通して働きかけねばならないが、その場合でも直接の話し合いを断念してしまってはいけない。これらの点で努力を怠りさえしなければ、かなりの確かさで、訴訟は最初の段階から先へ進まないと信じていいのです。むろん訴訟が中止されたわけではない、しかし被告は自由の身と言ってもいいくらいに、有罪判決されるおそれがありません。見せかけの無罪にたいしこの引延しには、被告の将来が前者の場合ほど不安定でないという利点があります。突然に逮捕される驚きからは守られているし、たとえそのほかの情勢がきわめて思わしくない時期でも、あの見せかけの無罪獲得につきものの努力や緊張感を引き受けなくてはならぬのか、などと怖(おそ)れることもありません。もちろん引延しにも被告にとって決して過小評価できないある種の弱点があります。といってわたしはなにも、この場合は被告が自由になることは決してない、ということを考えているのではありません。本来の意味ではそれは見せかけの無罪の場合だって同じことですからね。それとは違う弱点です。というのは、少くとも見せかけでもその理由がなければ、訴訟は停止するわけにはいかないということです。従って、外にたいしては訴訟の中でいつも何かが起っていなければならない。つまりときおりさまざまな命令が出されなければならず、被告が訊問(じんもん)されたり、審理が行われたり、等々がなされていなければならぬわけです。そこで訴訟は絶えず、わざと人為的に局限された小さな範囲のなかで回転させられていくことになります。これはむろん被告にとってある種の不快感をともなうことですが、しかしあなたはそれではひどすぎると想像してはならんでしょう。すべては外面的なことにすぎないんですから。たとえば訊問はごく短いものですし、出かけてゆく時間や気持がなければ、断ってもかまわない。ある種の裁判官の場合には、長期にわたっての命令をあらかじめ一緒に決めておくことさえできるんです。本質的にはつまり、とにかく被告は被告なんだから、ときおり裁判官のもとに出頭するというにすぎません』」(カフカ「審判・弁護士・工場主・画家・P.223~225」新潮文庫 一九九二年)
戦争機械と化した世界。「それは国家装置を越える組織をもち、多国籍的、エネルギー的、軍事・産業的複合体に取り込まれ」つつ、カフカのいうように延々「引き延ばされて」いくことにほかならない。