葵から菊へ&東京の戦争遺跡を歩く会The Tokyo War Memorial Walkers

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「靖国にヒーローはいない」それでは「英霊」は浮かばれない

2014年01月23日 | 歴史探訪<靖国神社>

安倍首相は、ダボス会議で中国メディアの「戦争犯罪人を英雄だと思っているのか」との質問に答えて、昨年末に靖国神社に参拝した理由について「いわゆるA級戦犯を称揚するためではない。そこには(戦争の)ヒーローがいるのではなく、  戦争に倒れた人々の魂があるだけ。憎しみもないし敵意もないし、人を辱めようというつもりはない」と述べたそうです。

ところが、靖国神社には「戦死、戦傷死、戦病死」した「明治・大正・昭和の歴代天皇が優れ秀でた霊魂と勅許された霊魂」即ち「英霊」だけが祭神となっています。まさに「戦争のヒーロー」達です。遊就館展示室の「靖国神社の創始」には「官軍が江戸に入城して、東征軍大総督は戦没者の招魂祭執行を布告した。参戦各藩には、戦没者の名簿を作成して、すみやかに提出するよう示達された。戦没者名簿を作成するということは、のちに靖国神社の祭祀の根本をなすことになる」との説明文があるように、戊辰戦争で勝利した官軍の賊軍(上野戦争の彰義隊、会津戦争の白虎隊等)に対する「憎しみと敵意」が根本となっているのが、東京招魂社であり、後の靖国神社です。靖国参拝を正しいと言いつくろうための言動は混乱を極めるばかりで、国際社会から「失望」と軽蔑の誹りは免れないでしょう。

文献資料はありませんが、有栖川宮熾仁親王は東征大総督となり、許嫁だった皇女和宮(静寬院宮)を将軍家茂にとられた「憎しみ」を胸底に「江戸総攻撃」に臨んだと考えていますが。
明治15年にオープンした遊就館本館正面に掲げられている館名額は載仁親王の揮毫です。開館当時は、古来の武具と並んで官軍の戦利品も展示されていたと思われます。九段坂改造工事のために現在は田安門側に移転した「高燈籠」の土台は、官軍の藩地から運びこんだ石だけで築造されています。

P4280005

靖国の闇にようこそー 靖国神社・遊就館非公式ガイドブック」著者の辻子実さんからコメント】
原則コメントは付さないのですが、下記の「(戦争の)ヒーローがいるのではなく」に関してはコメントを付けさせていただきます。
遊就館の遺影展示室の入口ドアの上にあるプレートには「靖国の神々]」の英訳として「Mementos of War Heroes」と記されています。(『靖国の闇にようこそ)』P174)私は従来、神々は神々であって、 War Heroesはないだろうと揶揄してきたのですが、安倍の今回の発言は、靖国神社の教理を政治家が勝手に捻じ曲げた。まさに国家の宗教介入。あるいは、靖国神社が嘘翻訳を掲示していることになります。

 


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