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没後90年に徳冨蘆花記念館を世田谷文学館分館へ

2014年01月28日 | 世田谷日誌
  • 都立蘆花恒春園は管理人の散歩コースですが、昨年5月1日に「蘆花恒春園のドアーと園路改修」について都知事にメールで陳情したことがあります。
  • 蘆花が亡くなった後に愛子夫人(肥後の猛婦たちの足跡)は、遺品や茅葺きの屋敷と土地・墓地を東京市に寄贈しましたので、現在は「蘆花記念館」に遺品類が、屋敷と共に一般公開されています。徳冨蘆花は(とくとみ ろか)は、1868年12月8日に生まれ1927年10月25日に死去していますので、これから3年後には「没後90年」となります。
  • そこでこれを機に、蘆花記念館を世田谷区立世田谷文学館の分館にすれば、「不如帰」の挿絵を描いた黒田清輝の原画や初版本などは、学芸員によってより学術的にも価値あるものになっていくと考えられます。但し、茅葺きの木造屋敷の維持管理と今後の改修など行政上からも問題が多々あることは理解できますが、都議会や世田谷区議会も含め皆で良い方向が出せると信じています。
  • 幸い、世田谷区には世田谷美術館の分館として、著名な美術家のアトリエだった向井潤吉アトリエ館清川泰次記念ギャラリー宮本三郎記念美術館がありますので、新宿区の「堺屋太一・池口史子美術館構想」とは違って、実現の可能性は高いと考えています。
  • 管理人が新宿区・薬王寺町会役員だったときに編纂した「市谷薬王寺町誌」の一部を再掲します。

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