来月25日から30日まで富士国際旅行社が催行する>検証 上海事変から蘇州・南京占領まで 6日間 ~海軍の「大山事件」・南京大虐殺を考える< ツアーに参加します。
上海で管理人が大山中尉殺害事件について座学をしますので、笠原十九司都留文化大学名誉教授が「大山事件は謀略である」という歴史の定説となるまでの学術論考の系譜を整理してみました。
1997年8月 5日 青木書店刊「日中全面戦争と海軍」64頁に「それにしても、長江流域の日本人居留民の上海および日本への引き揚げが無事終了した八月九日の夕方、さらに言えば川越・高の第一回会談が行われた日に、大山事件が発生したのは、さらがら拡大派の『謀略のシナリオ』を見るようなタイミングの良さである。」と叙述されました。
2008年8月10日 「早稲田九条の会山田朗教授講演会」終了後の懇親会で、主催者の早稲田九条の会代表武藤徹さんが「軍は大山勇夫海軍中尉に家族の面倒を見るから死んでくれと言った。そこで大山中尉は中国軍の三重の警戒線があったが、まず第一、第二の阻止線の誰何(すいか)を突破していった。そして第三の阻止線における銃撃で殺されたのだ」と管理人に話をしてくれました。
2009年7月 5日 「夏叔金裁判勝利集会」終了後の懇親会で、管理人が笠原教授にこの話をしました。
2009年7月18日 新宿区議会待遇者共同控室で、笠原教授は武藤徹さんから二時間半にわたって聞き取りをしました。
2010年5月25日 岩波書店刊「日本軍の治安戦」注(第一章)236頁に武藤さんの証言を記述しました。
2010年9月 1日 岩波書店刊「図書」1頁「歴史書と歴史小説」に「密命を与えたことを証明する史料や証言が必要となる。ところが、海軍関係者による真相隠蔽の壁は厚い。」と記述されました。
2012年9月10日 現代史料出版刊「年報・日本現代史 第17号 軍隊と地域」に、「大山勇夫日記」を緻密に分析して謀略だったことを初めて発表しました。
2015年6月17日 平凡社刊「海軍の日中戦争」には、現場のイラストを作図して完璧な学説として発表しました。
2017年7月20日 高文研刊「日中戦争全史 上」229頁には日中戦争全史から、この謀略を位置づけられました。
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山本五十六だって、戦闘死したわけではなく、飛行機を爆撃されてなのに、なぜあんなにチヤホヤされるのか、と。
蘇州も上海も行きたかったところです。