このグラーシュは、カプツィーナ教会公演後、ソプラノのサンドラ・トラットニックさん、アルトのマルティーナ・シュテッフルさんご夫妻、シュテファン大聖堂音楽事務所コンラートご夫妻、エムセック岩本絵美さんらとご一緒したお食事会で注文したものである。
お味は見ての通り。いやあ旨かった。
カプツィーナ教会公演は、基本的なアプローチは同じながら、シュテファン大聖堂公演とは全く別のテイストの演奏となった。聖堂の規模がぐっと小さいこと。オーケストラではなくオルガンとの共演であること。カプツィーナ教会独特の静謐な空気感に包まれたことなどによって、よりゆったりとした呼吸を心掛けたのである。
70余名のコーラスは、カプツィーナ教会に相応しい、静かに熱い歌唱を繰り広げてくれた。殊にアグヌス・デイの終結近くでは、レッスンでは試したことのないほどのピアニシモへの要求に見事に応えてくれたことに感謝したい。
オルガンを弾くのは長年の音楽的パートナーである小沢さちさんで、作品への理解の深さ、抜群のテクニックと呼吸の良さには今回も脱帽するのみ。
ソリスト陣は、声の高い方から、サンドラ・トラットニックさん、マルティーナ・シュテッフルさん、ゲルノート・ハインリヒさん、平野和(やすし)さん。シュテファン公演からアルトとバスが入れ替わったが、そのアンサンブルの緻密さと高揚感には指揮をしながら、感動に胸が震え通しであった。
カプツィーナ教会始まって以来のモーツァルト「レクイエム」演奏会。さらにはじめての日本人指揮者&合唱団出演とのことで、開演前の聴衆の視線には懐疑的であったり、厳しいものも混ざっていたことも事実だろう。しかし、作品と演奏が全ての疑念を晴らし、終演してみると満場の拍手喝采が鳴り止むことがなかった。
さて、食事会の席上、トラットニックさんからは、我々のレクイエムにこのような讃辞を頂いた。
「この作品は本当に何回も歌う機会があるのだけれど、どれも似た演奏となることが多い。しかし、マエストロの音楽には美しいイデーがあり、深い情感があり、心から感動しました。これはシュテファン大聖堂で歌った4人すべての感想です。また、合唱のクオリティの高さにも感動しました。」
ウィーンやチューリヒの第一線で活躍する歌手の皆さんに、このように高く評価されたことは、音楽家として何より嬉しい。自分の歩んできた道に間違いはなかった。また、コーラスへの評価も、音程、発声、人数バランスなどを超えたところで「音楽的だった」と評価されたことも有り難いことである。
さらに、カプツィーナ教会で共演したバス・バリトンの平野和さんからは、次のようなメッセージを頂戴した。
「5年ぶりの再会、そしてカプツィーナ教会での共演、夢のような1日でした。マエストロの音楽は、全体的にゆったりとしたテンポですが、音楽が弛むことなく常に前に流れているので、その流れにうまく乗せていただき、気持ち良く演奏させていただきました。モーツァルトのレクイエムを、これほど丁寧にそれぞれのフレーズ、音を意識して歌ったのは初めてです。本当に素敵な体験でした。また何処かで、ご一緒させて頂けましたら幸いです。」
ゆっくりのテンポでありながら、音楽が弛むことなく常に前に流れている、という技はブルックナー演奏を通して身に付けたことだが、それをたった一回のリハーサルと本番のみでキャッチし、流れに乗って歌って頂けたことは大きな歓びであった。
平野和さんの歌唱は、さすがフォルクスオパー専属というだけあって、日本人離れした重心の低さ、声の伸びと広がり、そして歌心を持ったもの。さらに宗教作品に相応しい祈りの深さが備わり、合唱団員一堂、忽ち魅了された。また共演できる日の訪れるよう、精進を重ねたい。
多くの合唱団員から「福島先生、ウィーンに連れてきてくださって有り難うございました」とお礼を言われたが、全体から見ればわたしの役割などごく一部であった。第一、合唱団員が集まらなければ、日々のレッスンもできず、ツアーは履行できなかったわけで、お礼を述べるのはわたしの方であろう。
もっとも大きな立役者は、史上初となったコンサートを企画し、運営し、ソリストの招致はもちろん、営業活動からポジティフオルガンの手配、運搬までの一切を担ってくださった、シュテファン大聖堂音楽事務所の清水一弘様。改めて敬意を表するとともに、感謝の意を伝えたい(用意されたポジティフオルガンも素晴らしい楽器であった)。
また、いくらわたしが合唱団を仕上げても、エムセックインターナショナルの後ろ盾やお力なしに、シュテファン大聖堂にも、カプツィーナ教会にも立つことはできなかった。ツアー中のサポート体制も万全で、一生の記憶となる美しいツアーとなったこと、感謝申し上げたい。