パッちゃんの子猫(中篇)

 幸い、Sさんの知り合いで最近飼い猫を亡くしたという人が、子猫を引きとってもいいと言ってくれた。どうせ保護するなら早い方がいい。子猫を運ぶための段ボール箱を持って、駐車場へ向かった。
 この頃になると子猫もだいぶなついてくれて、体をなでると仰向けにひっくり返っておなかを見せ、抱っこもさせてくれるようになっていた。
 ところが、段ボール箱に入れた途端、大暴れした。突然真っ暗な箱の中に閉じ込められたのだから、怖がるのも無理はない。にゃーにゃー泣き叫び、ふたをぐいぐい頭で押し開けようとする。可哀想だったが、ちゃんとした人に飼われた方がこの子のためなのだと自ら言い聞かせ、家に連れて帰った。
 私の部屋で箱のふたを開けると、脱出口を求めて部屋を一周したあと、ベッドの一番奥にもぐりこんで、出てこなくなってしまった。
 ねこじゃらしで誘ってみたり、床の上にカンヅメやおいしい食べ物を置いてみるが、頑として出てこない。しばらく部屋を留守にして戻ってくると餌が減っているので、食べてはいるようである。
 そういう状態が三日三晩続き、ようやく子猫は少しずつ心を開きはじめた。ねこじゃらしを動かすと、ベッドの下から手を出して捕まえようとする。はじめは手だけだったのが、手と頭になり、体全体が出てくるようになった。ちょっと出てはまたすぐ隠れてしまうのだが、それでも徐々に、ベッドの外にいる時間が長くなっていった。
 そんな折、事態は思わぬ方向へ転んだ。子猫の飼い主となってくれるはずだった人の都合が悪くなって、子猫を引き取ることができなくなってしまったのである。
 当時、うちにはすでに六匹の猫がいたのでそれ以上は飼えなかったし、Sさんの家にもオカメインコがいるので無理だった。一から里親探しをしなければならない。
 家族全員で猫を飼ってくれそうな知り合いに当たってみた。里親探しの掲示板にも記事を出し、また、写真を貼ったビラを作って行きつけの喫茶店に置いてもらい、客に聞いてもらえるようお願いもした。
 飼ってもいいかもしれないという話が何件か出て、そのつど期待が膨らんだが、結局どれもこれもお流れになり、肩を落とす日々が続いた。
 里親探しの困難さを身をもって痛感した。私が甘い考えで連れて帰った子猫の飼い主が見つからず、家族みんなが疲労困憊している。
 ただ子猫だけが元気だった。すっかり慣れて、おもちゃを追いかけ部屋を走り回っている。なでるとごろごろ喉を鳴らして仰向けになる。部屋の中を自由自在に探検し、ある時、あれ、いない、と思うと、机の引き出しの中で昼寝をしていたりする。子猫用の座布団を用意しているのに、夜になるとベッドに登って来て私の首の上で寝ようとするので、だんだんと睡眠不足になった。
 里親も見つからないまま、焦燥感だけがつのり、私たちの心身は疲労の色が濃くなっていった。(つづく)
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