救えなかった子猫(後篇)

 次の日は土曜日で仕事は休みだったが、子猫のことが気になって、私は大学へ行ってみた。倉庫のドアを開けたとたん、嫌な予感が全身を走り抜けた。鳴き声がしない。
 子猫たちの居場所へ急いだ。一匹の子猫が、箱から這い出したのか、通路の真ん中でべったり腹ばいになって、動かなくなっていた。慌てて抱き上げようと触れた体は、すでに冷たく、硬直していた。
 もう一匹はと、箱の中をのぞく。生きていた。しかし衰弱している。病院へ連れて行かなければ。死んでしまった子猫もほうっておけなくて、とにかく一緒に箱に入れ、小走りに道路に出てタクシーを拾った。
 最寄りの動物病院へ行ってもらう。すぐ診てもらえることになった。
 かなり悪い状態だった。体温が低下し、衰弱しすぎてもうミルクを自力で飲むこともできない。注射器の先に細いチューブをつけて、子猫の胃に直接ミルクを流し込む必要があった。その手順を教わる。獣医師は、こちらが見ていて心配になるくらい口の奥へ奥へとチューブを入れていく。どのあたりまで入れなければならないのか、チューブにマジックで印をつけてもらった。誤って肺のほうへ入らないように注意をしなければならない。間違えば、窒息してしまう。
 病院でしてもらえる処置は終わり、私は獣医に礼を言って、子猫を連れて家に帰った。一回分のミルクを飲ませてもらったので、次は約二時間後である。子猫の容態は落ち着いているようだった。眠っているようである。
 二時間が過ぎて、ミルクを与える時間になった。口を開かせて、チューブをマジックの印まで滑り込ませる。ちゃんと胃まで入ったか、肺の方へは行っていないか、緊張と責任の重圧で胸が押しつぶされそうだ。失敗が恐ろしい。でも、やらなければ死んでしまう。そっとピストンを押し下げ、ミルクを流し込む。大丈夫なようだ。温かいミルクがお腹に入って、子猫は安らいだ表情をしている。もし誤って肺に入ったなら、ミルクで咳き込み苦しがると聞いていた。
 一匹は死んでしまったが、この子は助かるかもしれない。そんな気がして、私は気持ちが少し明るくなった。箱の中の子猫を眺めながら、名前を考えた。
 はじめぐったりしていた子猫は、少しずつ動くようになり、徐々に元気を回復していくように見えた。頭を持ち上げ、小さな手足を動かして、箱の中を這おうとする。希望を見たように思った。この調子なら、助かるに違いない。二回目のミルクを与えた。子猫の様子を確認してから、少しの間、子猫のそばを離れた。
 戻ってくると、子猫はぐったりしていた。私は後悔した。どんなに声をかけても、体をなでても、子猫はだんだん手のひらの中でだらりと動かなくなって、そして死んでしまった。
 
 次の日の朝、私は近くの山へ登って、落ち葉のいっぱい積もった日当たりのよい斜面に、子猫の入った小さな箱を埋めた。
 あの時、すぐ保護していれば。次の日だって、もっと早く行っていれば。ずっとそばを離れなければよかった。悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。
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