どんぐりころころ

 一歳の息子を連れて公園で遊んでいると、向こうから背のしゃんとしたおじいさんが歩いてきた。公園を横切って、ずんずんこちらへ近づいてくる。穏やかではない時勢である。私は身構えた。
 とうとうおじいさんは私たちの前に立ちはだかり、節くれだった手を目の前ににゅうっと突き出すと、握っていたこぶしをゆっくり開いた。手のひらには、背の高い立派などんぐりがたくさん載っていた。
「あげる」と少し恥ずかしげに言うおじいさんに、まだぶきっちょの息子はぎこちなく手を出しかけたまま、もらうべきかと思案顔。おじいさんは傍の遊具の上に転がり落ちそうなどんぐりを置いて、足早に去っていった。
 どんぐりを両手につかんで息子に渡すと、座り込んだ地面に散らばせて、つまんだり、落としたりして遊んでいる。が、ふと見ると、息子はどんぐりを口の中に入れていた。
 慌てて口の中から取り出した。まだなんでも口に入れてしまう息子なので、どんぐりを持たせるのは早いかもしれない。おじいちゃんにもらったこのどんぐりはどうしようか。公園にはほかに二歳くらいの女の子が二人遊んでいたので、彼女たちにあげようかしら、などと考えているうちに、女の子たちは帰り支度をして行ってしまった。私はどんぐりをポケットに入れて、まぶたの重くなってきた息子を抱いて家に帰った。
 帰宅して洗面所で手を洗っているときに、ポケットのどんぐりを思い出し、つかみ出して洗面台の上へ置いておいた。
   *     *     *     *     *     *
 何日か経って、洗面台のどんぐりの数が少なくなっていることに気がついた。それから毎夜毎夜、七つ八つあったどんぐりが、一個ずつなくなっていくのである。
 もちろん、誰の仕業かは目星がついている。昼間、私の椅子の上で丸くなって眠っている白っぽいのがあやしい。
 夜、洗面台の方からころころ、ころんと音がしたと思うと、廊下をみゆちゃんがどんぐりを転がしながらすごいスピードで走ってきた。思ったとおりである。板の床の廊下はよく転がるので、どんぐりサッカーをして遊んでいる。
 洗面台の上にどんぐりを二つ残して、みゆちゃんはこの遊びに飽きてしまった。転がしたどんぐりのうちの二個は玄関で見つかったが、残りは行方知れずである。
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