あの青い空のように

限りなく澄んだ青空は、憧れそのものです。

高田郁作「蓮花の契り」を読んで

2015-08-10 19:16:04 | 日記
「蓮花の契り」は、前著「出世花」の続編であると同時に完結編でもあります。
主人公のお縁は、「三昧聖(さんまいひじり)」として、亡くなった人々の思いによりそい
心を込めて亡骸を洗い清める湯灌に従事しています。
その姿を見た人々は、亡くなった家族ややがては死を迎える自分のために、三昧聖の湯灌
を望みます。

今回の物語でも、死者の思いや願いを汲み取り、その思いによりそって尽くす お縁の姿
が心を打ちます。

与えられた仕事に全身全霊で取り組む その一途な姿は、「みをつくし料理帖」の澪に通
じるものを感じます。

お縁は死者の心によりそい、澪は料理を味わってくれるお客の心によりそい、それぞれの
道を 周りの人々に支えられながら 自らの手で懸命に切り開いていきます。

その姿から、人が人として生きることの意味や尊さを 普遍的に感じ取ることができます。
それが、高田ワールドの魅力なのだと思います。

今回の物語では、死者に向き合ってきたお縁が 赤ん坊を自らの手で抱きとることで、命の
温もりと重さを感じる場面があります。
愛する人と夫婦になり、母親となって命をはぐくむ生き方もあることに気づく場面でもあり
ます。

しかし、お縁が選んだ道は、愛する人と夫婦になる道ではなく、仏に仕える立場で共に生き
るという道でした。

生涯、三昧聖として 亡くなった人々を天の道に誘う道を選んだのです。

女性としての生き方ではなく、人間としての生き方を選んだのであり、それはまた 愛する
人である 正念の選択した道でもあったのです。

縁や正念のそういった生き方は、悟りとしての昇華された生き方なのかもしれません。

聖人にはなれない俗人にとっては、迷いながらも 男女の幸せを願い、人間としての生き方
も尊重しながら、誠実に生きるという道を進むことが求められているのかもしれません。

いかにこれからを生き いかに自分の夢や願いを果たしていくべきか。

一人の人間としての生き方や在り方を 読みながら 問うことができました。

その答えは、これからの生き方の中で示していくことになるのだと思います。



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