朝日新聞の一面に連載されている 鷲田清一さんの8/12付の「折々のことば」から。
「哲学とは、みずからの始点が更新されてゆく経験である」
モーリス・メルロ=ボンティ
解説には、次のように書いてあります。
「世界について考えるとき、これ以上さかのぼれない出発点だと見なしてきたものが、じつは
先行する別の働きによって実現されてあるものであることに気づくこと。
始点だと思っていた場所が、別のある隠れたいとなみの終点であったと知ること。同じこと
は、ひとがみずからの人生を振り返るときにも言える。
20世紀フランスの哲学者による『知覚の現象学』序文から」
解説にあるように、その言葉の『哲学』を人生に置き換えるならば、まさに
「人生とは、みずからの始点が更新されていく経験である」 と言えるのではないかと思います。
これまでの経験が今の自分のすべての土台となり、これからの経験が新たな始点となってリセット
され未来が更新されていく。この世に生きている誰もが、一回きりのすべてが初めての体験となる
人生を生きているのですから。
常に終わりではない始点という今の時間の内に、生のいとなみを続けているのですから。
始点という言葉がいいですね。
常に今が始まりでもあるという意味合いでもあるのですから。
更新されない明日などあり得ない。
仮に 今抱えているものが辛く苦しいものであっても、明日は明日の風が吹いて新たな始点に立つことになるの
ですから。
生きるということは、新たな明日を生きるということであり、日々更新されていく足跡が人生というものなのか
もしれません。
まだ見ぬ明日という時の訪れを そんな思いで迎え、新たな明日を生きていきたいものです。
「哲学とは、みずからの始点が更新されてゆく経験である」
モーリス・メルロ=ボンティ
解説には、次のように書いてあります。
「世界について考えるとき、これ以上さかのぼれない出発点だと見なしてきたものが、じつは
先行する別の働きによって実現されてあるものであることに気づくこと。
始点だと思っていた場所が、別のある隠れたいとなみの終点であったと知ること。同じこと
は、ひとがみずからの人生を振り返るときにも言える。
20世紀フランスの哲学者による『知覚の現象学』序文から」
解説にあるように、その言葉の『哲学』を人生に置き換えるならば、まさに
「人生とは、みずからの始点が更新されていく経験である」 と言えるのではないかと思います。
これまでの経験が今の自分のすべての土台となり、これからの経験が新たな始点となってリセット
され未来が更新されていく。この世に生きている誰もが、一回きりのすべてが初めての体験となる
人生を生きているのですから。
常に終わりではない始点という今の時間の内に、生のいとなみを続けているのですから。
始点という言葉がいいですね。
常に今が始まりでもあるという意味合いでもあるのですから。
更新されない明日などあり得ない。
仮に 今抱えているものが辛く苦しいものであっても、明日は明日の風が吹いて新たな始点に立つことになるの
ですから。
生きるということは、新たな明日を生きるということであり、日々更新されていく足跡が人生というものなのか
もしれません。
まだ見ぬ明日という時の訪れを そんな思いで迎え、新たな明日を生きていきたいものです。