かぐや姫は月に還る。どのような寓意があるのか、よくわからないが、ひょっとしてかぐや婆の間違いではないかと思うこともある。
Kさんは91歳、五年前転倒し大腿骨を折ってからほとんど寝たきりになった。一年くらい前までは、車椅子に載せて貰い半日ほど座っていることができたのだが、最近は寝たきりだ。名前は言えるが、年齢は20歳くらい鯖を読むようになった。娘さんの手厚い介護と訪問看護婦さんの丁寧な看護で生き長らえている。幸い機嫌が良いことが多く、苦痛がなければいつもにこにこしている。簡単な会話はでき、時にびっくりするような洒落たことを言うこともあった。私が医者だということは分かっている様子だ。昨日往診に行くと枕元に小さなベットがある。なんだろうとのぞき込むと命名「和」と書いた札が頭の所に張ってあり、赤子がすやすや眠っていた。「あれ」。「先週生まれたんです」。と娘(祖母)さん。成る程曾孫なんだ。奥から孫の嫁さんが恥ずかしそうに嬉しそうに出てくる。本当に赤くて小さくて大切な命そのものだ。こんな時もあったんだと自分の子供達のことをおぼろげに思い出した。「和」では男か女かはっきりしなかったので、間違えると可哀相なのでそれは言わないでおいた。
Kさんはこの慶事が何処までわかっているのだろうか。飛行機は高度を下げて着陸するのだが、Kさんはだんだん高度を上げて今や成層圏を遠ざかりつつあるような雰囲気を持っている。「我」が淡くなってきた感じで、受け答えが半ば他人事のように聞こえる。「食事はおいしいですか?」。少し間があって「美味しいよ」。とにっこり答える。聞いてはみないが自分がやがて死ぬということも「そうみたいね」と答えそうだ。返事に微妙な間があって、まるで月に帰還途中かぐや91Kからの応答のようだ。
Kさんは91歳、五年前転倒し大腿骨を折ってからほとんど寝たきりになった。一年くらい前までは、車椅子に載せて貰い半日ほど座っていることができたのだが、最近は寝たきりだ。名前は言えるが、年齢は20歳くらい鯖を読むようになった。娘さんの手厚い介護と訪問看護婦さんの丁寧な看護で生き長らえている。幸い機嫌が良いことが多く、苦痛がなければいつもにこにこしている。簡単な会話はでき、時にびっくりするような洒落たことを言うこともあった。私が医者だということは分かっている様子だ。昨日往診に行くと枕元に小さなベットがある。なんだろうとのぞき込むと命名「和」と書いた札が頭の所に張ってあり、赤子がすやすや眠っていた。「あれ」。「先週生まれたんです」。と娘(祖母)さん。成る程曾孫なんだ。奥から孫の嫁さんが恥ずかしそうに嬉しそうに出てくる。本当に赤くて小さくて大切な命そのものだ。こんな時もあったんだと自分の子供達のことをおぼろげに思い出した。「和」では男か女かはっきりしなかったので、間違えると可哀相なのでそれは言わないでおいた。
Kさんはこの慶事が何処までわかっているのだろうか。飛行機は高度を下げて着陸するのだが、Kさんはだんだん高度を上げて今や成層圏を遠ざかりつつあるような雰囲気を持っている。「我」が淡くなってきた感じで、受け答えが半ば他人事のように聞こえる。「食事はおいしいですか?」。少し間があって「美味しいよ」。とにっこり答える。聞いてはみないが自分がやがて死ぬということも「そうみたいね」と答えそうだ。返事に微妙な間があって、まるで月に帰還途中かぐや91Kからの応答のようだ。