駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

遥かマスコミを離れて

2011年06月01日 | 町医者診言

 

 どう考えても、今日本は危機的状況にある。しかし、地上波テレビや新聞を見ていると未曾有の大災害さえも、騒ぎ立てやがて疲れて日常化の道を辿っている。たった75日で大惨事もマスメディアの中では日常に埋没しつつある。

 それに加え、永田町では相も変わらぬ揚げ足取りのコップの嵐が吹き荒れているように見える。確かに揚げ足取りはあるようだが、本当にコップの中の嵐なのだろうか。既成概念にとらわれて、大問題を矮小化して報道しているところがあると思う。

 好き嫌い関心無関心を問わず、政治は我々の生活に大きな影響を与える。政治の影響を逃れて生きてゆくことはできない。私は政治学を学んだわけでなく素朴な感覚と乏しい知識しかないが、様々な意見をまとめ小異を捨てて大同に付かせる力が政治に欠かせないのはわかる。殊に、大災害時には中異までも捨てさせて、政治力を結集する必要がある。そうした力を持っているのがリーダーで、リーダーシップなくして危機は乗り切れない。

 政策は、決して一言では説明できないもので、おそらくどんなに簡潔に書いても千字以下には収まらないと思う。そしてそれを誰にもきちんとわかるように説明するのは不可能だろう。誰にも分かるわけではない政策を取り扱う政治にはどうしてもリーダーが必要なのだ。

 急流で船を乗り換えるなと言っても、泥舟に乗り続けてよいわけではあるまい。インターネットでは半年前から、今ではマスコミの調査でも、菅氏はリーダーに相応しくないと結論が出ている。問題は変わるべき人が居るかどうかだ。変わるべき人を見つけ出せるかどうかだ。人を育てる土壌があれば、必ず見つかる。泥舟から泥舟に乗り換えるのは愚かなことだ。今こそ、国民は目を皿にして情報を集め、考えに考えなければならない。 

 そして、マスメディアの仕事は可能な限り客観的で多様な政治情報を提供することだ。何、やっているですと?。

 物理化学の教科書を読み直しましたか?外国語情報(最低でも英語)を読み込んでいますか?そうして、小沢一郎の名前を一切出さないで記事を書いていただきたい。小沢を過去の人扱いにしながら、書き方がわからなくなると引っ張り出してくる。花色木綿は落語だけにして欲しい。菅さんには交代して欲しいが、そうした意見を言うと小沢派扱いされて迷惑している政治家は多いだろう。

 *提案。地上波はNHK教育しか見えないテレビ設定を可能にして欲しい。NHKの料金は当然1/4だ。コペルニクス的展開が味わえる。需要はあると思う。

コメント
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