system というファイルに拡張子がついていなかったので、ウインドウズで扱うファイルの末尾には必ず拡張子がついているというのは思い込みであったことがわかりました。
拡張子を約束どおりにつけて、約束に従った記述をすると、英字の小文字文を書いただけで動いてくれる .bat という拡張子があって、これに馴染み深かったころに頭にしみ込んでしまった誤解だったのです。
拡張子は、それを見たコンピューターが、「それならこのソフトをこう動かそう」と判別してくれる、ファイル名の重要な部分で、動作に直接かかわる意味を持ったものと思っていたのが、どうやら間違いだったようです。
拡張子はファイルの種類を見分けるための文字列であって、単独では意味をなさず、それが識別できれば動き出す引き金の作用をするものではなかったのでした。
ファイルに付けられた名前全体の中で、拡張子の部分が種別を見分ける目じるしになるというだけのものだったのです。
拡張子は、社会生活上の肩書きのようなものかもしれません。
そのファイルがどんなことをするのか、一応の目じるしぐらいに考えておけばよさそうです。
いかにもだいじな働きをしそうな肩書きがついていても、それらしい仕事をしない人もいます。
肩書きがなくても仕事を確かにやってのける人もいます。
言葉に関するFAQを見ていると、面白いことに出会います。
熟語の一部を取り出して文字の意味をとらえ、それならこの熟語はこういう意味でなければならないと理屈をこねる人が、ときどき現れます。文章の中の熟語をとらえて、その固有の意味を、そのまま何としてでも文言全体の意味にかかわらせないと気がすまない人もいます。
拡張子へのこだわりは、そのあたりの感覚と似たところがあるように思います。
system という「利用不可」ファイルが鎮座まします \WINDOWS\system32\config というフォルダーには、拡張子のついてないファイルが6個もありました。
ふだんこれらのファイルと付き合うことはまったくありません。
ただ、付き合いが浅いからといって関心を寄せないと、ひどい目に会うこともあります。
拡張子はコンピューターが使うものだから見えるようにしておかなくてもよい、と思う人のために、ファイル一覧画面に拡張子を表示させない設定もできます。
あるとき You_are_a_happy_people.txt.vbs というファイルがどこからかやってきて、パソコンのどこかに潜り込んだとします。マイドキュメントにふと You_are_a_happy_people.txt を見つけ、おやちょっとよいことがありそうな .txt ファイルがあった「カチカチ」・・・「ジャジャーン」!!実はこれがトンデモ happy のウイルスの岡持ちファイルだったということもあり得ます。
ファイル名に埋め込まれた .txt という文字を、文書ソフトで読める万能拡張子だと思わせる悪いいたずらです。
マルウエアのいちばんの仲良しは、人々の好奇心でした。