たまおばさんのつぶやき

お花や面白い発見を求めて山をウロウロ徘徊しています
お気軽に覗いてみてください。そして間違いあれば教えて下さいませ。

滋賀県 小谷山ハイキングその1

2017-03-19 | 山歩き

    3月18日、本日は山悠会ハイキング。
   浅井家三代の居城となった戦国の山城 
    小谷山(標高494m)へ 
  この時期使える青春切符を利用して向かいました。
  JR河毛駅から車道歩きを短縮するため、コミュニティバスを
  利用しましたが、なんと定員は8名とのこと。
  本日は10名いますよ~、あとの2名はどうする?
  まぁ走るにはちょっと年齢的に無理。
    タクシーは時間と料金が、、、、
登山口にみんな同じ時間で到着出発を考えると
  う~ん、、、思いついたのがレンタサイクル!
  で2名が自転車で登山口に向かい、
   8名がバスで登山口へ向かいました~。
    (バス出発前に自転車組が出発して
  途中バスが追い越しますが、時間的にほぼ変わらず到着)    
   本日の登山口となるステーション前は
    駐車場もトイレも整備されています。
  この大きな兜はNHKの大河ドラマ 江~姫たちの戦国の
    放映記念で作られたものらしいです。

    この右後ろを歩いていくと
    取りつき場所があります。
  ここから追手道コースを登ります。

     クマ出没!!??熊鈴つけて出発!
   しかし私たちグループは賑やかなので熊は逃げていきそう、、、。
      標識の後ろに細い踏み跡があります。
   
   こんな道を登っていきま~す。


   おや!お花博士が早くも蕾ですが、イワナシの花を見つけました。! 
   
    望笙峠に到着!
   すでに汗タラタラ、、、お天気も良いしね~、、、
   
   ここからは琵琶湖方面に眺望が開けています。
  琵琶湖に浮いて見える小さな島は竹生島のようですね~。

    番所跡です。お城に入ってくる人を
  チェックしていたのですね~。広い場所が残っています。

    お茶屋跡ですって。
   お茶会でも開いていたところなのかしら??
  と思っていたら、どうも軍事施設のような場所だったようです。

    馬屋跡に到着

   馬屋跡の近くに小さな池があります。
    馬洗池って書いてありました。
   今でも水が残っています。

    心地よい登りの道です。
   背中に春の日差しを浴びて、気持ち良いハイキング、、、。

   桜馬場の広場には浅井家家臣の供養塔が建てられています。
 
    大広間跡に到着です。
   千畳敷とも呼ばれ一番広い平坦地になるそうです。 
 
    石垣が残っていますね~。城跡らしい雰囲気、、、。
  
    石垣の上は本丸跡です。かつては御殿が建っていた所ですね~。
 
    本丸跡から見た大広間です。上から見下ろすと広さがよくわかります。
 
    刀洗い池ですって!?
    別名鏡池と言われています。井戸の一つであったらしいです。
    標識の後ろがくぼんでいますが、水はありません、、。


     この続きはその2にで、、、、、
  この山城はマニアにとっては大変喜ばれるお城だと思いますよ~。       
   





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長浜市 石田三成ゆかりの地へ寄り道

2017-03-16 | 散策

    先週、滋賀県大久保集落へセツブンソウを見に行ったとき、
     (3月11日)長浜市を車で走行中、石田町に入り、
       石田と表示されたバス停を見ました。
     ひょっとしてこの辺りは石田三成に関係ある地?と思い、
        道の駅で情報を得て立ち寄ってみました。
     同行のポチおじさんは興味津々だったようです。
      ので以下の記録ははポチおじさんです。
   
  この後ろは 石田会館で資料館にもなっている。
   でも本日は鍵がかかっていて入れなかった。
さて、最近の大河ドラマでは、昨年の真田丸と3年前の軍師官兵衛で、非常に対照的に描かれていました。
 真田丸では、山本耕史氏演じる石田三成を、主役である真田信繁が、大義と信義を基に、互いに協力し合う好漢として描いた。反面、軍師官兵衛では、秀吉の威光の下で、岡田准一氏の官兵衛と反目し、足を引っ張る悪漢として描かれていた。ドラマではあるが、石田三成とは、見方によって毀誉褒貶の大きな人物であるとは、言える。特に、徳川期では、明智光秀と並んで、悪評が高かったが、徳川を倒した明治になると、忠義、忠勤が再評価されるようになったと思われる。

  会館前にはご立派な三成公
   その横には出生地の碑
 

石田三成に関する、有名な逸話に3椀の茶とい言う話がある。一言で言うと、喉が渇いていた秀吉に、最初は直ぐに飲める温い茶を出し、渇きが収まったところで、少し熱めのお茶を出し、最後にお茶の味を楽しめるよう、熱いお茶を出したと言う、機転を褒めた話である。そして、このことは、後生の酒飲みに多大の影響を与えた。一杯目は、冷えたナマビールを飲み、二杯目はお湯割り、そして、最後は熱燗と言う飲み方に受け継がれている...のはワタシだけの好みかも。

   

西郷隆盛の歌碑です。西郷隆盛がこの『関原読軍記』を読んで、石田三成は全くの悪人ではなく本物の侍だと称したというエピソード
を示しています。

 石田三成公の自筆による歌が刻まれています。
   (残紅葉 散り残る紅葉はことにいとおしき 秋の名残はこればかりぞと)
   

        石田家代々の墓


最後に、今年8月に司馬遼太郎原作の映画“関ケ原”公開されます。そして、主役である石田三成は、ナントなんと、岡田准一氏です。敵役の徳川家康は役所広司氏です。こりゃ、面白そう!!   ポチおじさんでした。     








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