DALAI_KUMA

いかに楽しく人生を過ごすか、これが生きるうえで、もっとも大切なことです。ただし、人に迷惑をかけないこと。

遍歴者の述懐 その1

2012-11-05 00:41:13 | 物語

物語のはじまり

晴れた秋の空に薄い白雲がたなびき、湖面の照り返しがさわやかなきらめきを窓辺に届けていた。

先生は、デッキチェアーに腰掛けながら、おもむろに語りはじめた。
「そうだね。この世の中は不思議なもので、楽しいこともあれば苦しいこともある。私はね、子供のころ両親の愛を知らなかったのだよ。でも、今はとても幸せに感じている。どうしてだかわかるかい。」
問われて、俊一は首をかしげた。
「それは、いつも何とかなるさ、と思ってきたからだよ。行き詰ったら、初めて打開の道が開かれるのさ。それを繰り返していくうちにだんだん成功するようになって、この年になるまで何とか生きてくることができたのだよ。」
先生が語る言葉は、なぜだか俊一の心には新鮮に響いた。その語り口には、気負いが全く感じられなかった。
「成住壊空(じょうじゅうえくう)という仏教の教えを知っているかい。」
無言で首をかしげる俊一に、先生は言葉をついだ。
「とても不思議な話なのだが、仏教では、と言っても元はヒンズー教の考えなのだけど、宇宙を四つの期間に分けているのだ。これを四劫(しこう)といって、一劫はおよそ43億年にあたるのだよ。」
「ずいぶん長い期間ですね。一劫というのは、ちょうど今の地球の年齢と同じくらいですか。」と俊一が合いの手を入れた。
「そうだね。成劫(じょうごう)というのが最初の期間で、宇宙のすべての物質がこの時期に作り出されたと言われている。」
「ということは、そのあとに住劫(じゅうごう)や壊劫(えごう)、空劫(くうごう)などという期間が続くのですね。」
「そのとおりだよ。作られ、保たれ、壊され、空になる。宇宙はそれを繰り返しているのだと、古代のインド人は考えたわけだ。」
面白そうな話だ、と俊一は思った。
「人の一生も同じだよ。生まれ、育ち、老い、死を迎える。君はまだ若いから、住劫かもしれないね。」
先生は、そう言いながら、ふと俊一に顔を向けた。
「もしよかったら、私の波乱万丈な遍歴の話を聞いてくれるかな。」
もちろん、という顔をして俊一はうなずいた。