コーヒーへのこだわりは、天保さんから教わった。
もう20年間くらい購入しているのだろうか。
電話一本で送ってくれるのがうれしい。
彼はボンネージュという喫茶店の店主だ。
JR茨木駅の前に店がある。
小さな店だが、いつも口うるさいお客さんであふれている。
私が買うのはキリマンジャロで、500グラムの袋を二個買う。
注文してから焙煎してくれるので入手まで数日かかるが、届いた時の香りには彼のメッセージが籠められている。
大学へ送ってもらうと、研究室はコーヒー豆のさわやかな匂いであふれる。
これをハンドミルで挽くのだが、これにもこだわりがある。
私は、断固、粗挽き派だ。
粗く挽く方がコーヒーの甘さが出ると固く信じている。
ハンドミルは30年前に京都大学にいた頃に使っていたもので、何回も修理しながらいまだに使用している。
刃も丸みを帯びてきているところを見ると、コーヒーと一緒に鉄分も飲用してきたのかな、とつい思ってしまう。
そう言えば、京大の近くにアラビカという粗挽きコーヒーを飲ませる喫茶店があった。
少し髪の毛が薄いマスターとチャーミングな奥さんが二人でやっていて、なんとなく居心地の良い店だった。
学生時代、よくここへ通っては、オムライスとコーヒーを頼んでいた。
まるでガロの歌に出てくるような店だった。
就職してからも、思い出しては立ち寄った。
1970年、18歳の時に大学へ入ってから通った周辺の飲食店の中で、数少ない生き残りの店だ。
2年前に久しぶりに訪ねたら、そこにはマスターの姿はなく、奥さんだけがカウンターにいた。
自分も老いたけれども、大学町も様変わりしてしまった。
アラビカというのはコーヒーの品種で、世界にある2~3種の中の最大品種だということを天保さんが教えてくれた。
彼は、京大で修士の学位をとってから喫茶店のマスターになった変わり種だ。
京大山歩会という登山サークルの後輩だが、コーヒーでは私の先輩だ。
変わった男が焙煎する変わらないコーヒーの味は、無骨な男に大切なひと時をもたらしてくれる。
私の研究室へやってくる国内外のお客さんは、まずこのコーヒーで歓迎される。
ちなみに水にもこだわっていて、いわまの甜水を使っている。
この水も、30年くらい購入している。
変わらないものがあるから、変わっていることの意味に気が付くのだ。
すべてが変わっていたら、無感動の世界でしかない。
このことを天保さんは、毎回、私に無言で教えてくれる。