有職料理というのは、平安時代の宮廷料理に歴史をさかのぼることができるようだ。
大津に、有職旬菜料理を標榜している店がある。
割烹「いと井」だ。
店主は、飯土井さんという。
「ヘンコです」と本人も言うように、頑固なおやじだ。
彼との付き合いも長い。
もともとは、浜大津の長等に店があった。
オプテックスの小林さんに教えてもらって訪ねたのが最初だ。
東大の浦先生と二人で行った時のことを今でも忘れない。
当時、と言っても今から25年ほど前のことだ。
二人ともまだ若かったから、ちょっとした悪のような恰好をしていた。
サングラスをしたままで店に入った。
初めて入る飲食店というものは、それなりに緊張するものだ。
引き戸を開けるとカウンターが見えた。
客はいない。
「空いてますか」と私が尋ねた。
「空いてません」と店主は言った。
「すみません」と言って、私たちは引き返した。
まるで漫才みたいなやりとりだった。
こうして再挑戦を繰り返しながら常連となってしまった。
店主もヘンコなら、客もヘンコだ。
その後、大津駅前に店が移ったが、ついて行った。
飯土井さんは、京都の料亭で修業した。
京風の季節(旬菜)料理を出す。
それが有職旬菜料理らしい。
私が気に入っているのは、鴨ステーキと焼フグと鯖寿司だ。
あと、珍味としては、鮒ずしの頭のタタキがいい。
これは飯土井さんのオリジナルだ。
これまで大津や京都の店をあちこち行ったが、舌の肥えた人には、いと井はお薦めである。
ただ、このヘンコなおじさんからうまいものを食べれるようになるには、20年くらいの付き合いが必要なのかもしれない。
息子さんも板さんだが、親父さんに似てヘンコだ。
二人は喧嘩したり仲直りしたりして、引っついたり離れたりしている。
この二人がいる間は、大津での会食には不自由しないと踏んでいる。
私が生きている限りは、頑張ってほしいと思っている。