現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

トマス・ハリス「ハンニバル」

2020-06-05 15:03:23 | 参考文献
 1999年に発表された、かの有名な「人食い」ハンニバル・レクター博士を主人公にしたホラー・サスペンスです。
 作者は寡作で有名で、一作一作に非常に時間をかけて執筆しています。
 デビュー作の「ブラック・マンデー」が1975年、ハンニバル・レクター博士が初めて登場する「レッド・ドラゴン」が1981年、代表作の「羊たちの沈黙」が1988年、そして、おそらく最後の作品になると思われる「ハンニバル・ライジング」が2006年と、31年間に5作しか出版していません。
 どの作品もじっくりと調査して、精密に構成された作品なので、それだけの年数が必要なのだと思われます。
 また、すべての作品がベストセラーで映画化もされているので、経済的にも作品を量産して質を下げる愚を犯さないで済んでいるのでしょう。
 作品の出来としては「羊たちの沈黙」をピークとしてだんだん下がっているので、1940年生まれの作者の年齢を考えると、今後傑作が生みだされる期待はあまりできません。
 この作品では、「レッド・ドラゴン」で生み出され、「羊たちの沈黙」で完成した「サイコホラー」というジャンルと「プロファイリング」という捜査方法は影をひそめ、ハンニバル・レクター博士の嗜好や生活、なぜこの「人食い」の怪物が出現したかに多くの紙数がさかれ、ややもすると冗長な感じさえ受けます。
 また、アクションシーンや残酷なシーンが頻出して、心理的に怖い「サイコホラー」というよりは、スプラッター的なホラーといった趣が強くなっていて、「羊たちの沈黙」のファンとしては物足りませんでした。

ハンニバル〈上〉 (新潮文庫)
トマス ハリス
新潮社


ハンニバル〈下〉 (新潮文庫)
トマス ハリス
新潮社
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ビリー・レッツ「ビート・オブ・ハート」

2020-06-05 09:40:36 | 参考文献
 1995年に出版された著者のデビュー作です。
 といっても、すでに多くの短編を発表し、映画の脚本も手がけ、大学で創作科の教授もしているので、並の新人ではありません。
 一緒にテネシーからカリフォルニアへ向かっていた恋人に、オクラホマの片田舎の小さな町で捨てられた、妊娠七ヶ月の十七歳の少女が、そこにあったウォルマート(巨大スーパー)で出産して、いろいろな人の助けを借りて成長していく話です。
 著者の「ハートブレイク・カフェ」の記事にも書きましたが、児童文学の王道を行くようなハッピーエンドの大人のおとぎ話です。
 彼女のまわりには、彼女の成長を助け、それと同時に彼女の無邪気な明るさに癒やされていく、様々な人たちが集まってきます。
 姦淫の罪に悩む髪を青く染めたシスター、昔ながらの撮影を続けている黒人の写真屋、女の子と付き合ったことがないことを悩むネイティブ・アメリカンの少年、未婚の母親(父親の違う五人の子持ち)の看護助手、アルコール中毒の姉を世話している風変わりな図書館の司書の青年など、それぞれのキャラが十分にたっています。
 彼らの助けを得ながら、主人公の少女は、出産、子育て、仕事(ウォルマートです!)、勉強(大学で写真を学びます)、ライフワーク(写真の賞を獲得して、セミプロになります)を通じて、魅力的な若い女性に成長して、夢だった一戸建てのマイホーム(生まれてからずっとトレイラーハウスにしか住んでいませんでした)、そして生涯の伴侶まで獲得します)
 そして、彼女の不思議な魅力は、最後にはかつて彼女を捨てていった男の魂さえ救済します。

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ビリー・レッツ「ハートブレイク・カフェ」

2020-06-05 08:58:45 | 作品論
ハートブレイク・カフェ (文春文庫)
Billie Letts,松本 剛史
文藝春秋


 1998年に出版されたアメリカの作品です。
 オクラホマ州の片田舎のロードサイドにあるさびれたカフェ。
 名前は、本当は「ホンク&ホラー」なのですが、手違いで、ネオンサインにはその後に「近日開店」までくっついています。
 時代は、まだアメリカがヴェトナム戦争の傷を引きづっていた1985年。
 このカフェを舞台に、ヴェトナムでヘリコプターから落ちて下半身付随になったカフェのオーナー兼コック、家出娘に手を焼く独り暮らしでオーナーの母親代わりのウェイトレス、流れ者のネイティブ・アメリカンのカーホップ(映画「アメリカン・グラフィティ」に出てくるような、駐車場で車に乗ったまま食事をする人たちの注文を取ったり食事を運んだりする若い女性のことです)、違法移民のヴェトナム人のコック見習いといった、アメリカの抱える様々な問題に翻弄されている登場人物が、傷をなめあうようにして立ち直っていく姿を描いています。
 文字通りのハッピーエンドで、児童文学者が軽々しく使ってはいけない言葉ですが、大人のお伽噺です。
 しかし、作者のこうした暮らしの人々への愛情に満ちた眼差しと、それと表裏一体になっている社会問題への鋭い観察眼が行き届いていて、読み心地のいい作品になっています。
 作者は、「ビート・オブ・ハート」(その記事を参照してください)という56才の時に書いた作品がベストセラーになった遅咲きの書き手ですが、そのせいもあって浮わついたところがなく、じっくりと時間をかけて作品を書いているようです。
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