その時その時で、吟味された言葉が重要であることを、いろいろな例を挙げて説明していますが、作者が一番言いたかったことだろうと思われる最後のエピソードが、やはり心に残ります。
この連載エッセイのある意味主役である、作者の長男である作曲家の大江光(知的な障害があります)が、四国の父親の実家で親しく一緒に過ごした祖母に別れ際に言った言葉です。
「元気を出して、しっかり死んでください」
近い将来訪れるであろう死に対して気に病んでいる祖母を励ます意味で、彼はそう言ったのです。
非常に聡明な祖母は、即座に、
「はい、元気を出して、しっかり死にましょう」
と、答えます。
さすがに、周囲が心配して、彼に電話で訂正させますが、後にこの祖母が大病したときに、一番心のささえになったのが、この孫の訂正前の言葉だったそうです。
ここには、二人の間のしっかりとした絆の上で、うわべだけの励ましよりも、「元気を出して、しっかり死んでください」という飾らない言葉の方が、ある意味その状況において、よく吟味された言葉だったのでしょう。