現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

大江健三郎「吟味された言葉」恢復する家族所収

2021-03-03 14:41:45 | 参考文献

 その時その時で、吟味された言葉が重要であることを、いろいろな例を挙げて説明していますが、作者が一番言いたかったことだろうと思われる最後のエピソードが、やはり心に残ります。

 この連載エッセイのある意味主役である、作者の長男である作曲家の大江光(知的な障害があります)が、四国の父親の実家で親しく一緒に過ごした祖母に別れ際に言った言葉です。

「元気を出して、しっかり死んでください」

 近い将来訪れるであろう死に対して気に病んでいる祖母を励ます意味で、彼はそう言ったのです。

 非常に聡明な祖母は、即座に、

「はい、元気を出して、しっかり死にましょう」

と、答えます。

 さすがに、周囲が心配して、彼に電話で訂正させますが、後にこの祖母が大病したときに、一番心のささえになったのが、この孫の訂正前の言葉だったそうです。

 ここには、二人の間のしっかりとした絆の上で、うわべだけの励ましよりも、「元気を出して、しっかり死んでください」という飾らない言葉の方が、ある意味その状況において、よく吟味された言葉だったのでしょう。

 

 

 

 

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大江健三郎「「つらいかた」恢復する家族所収

2021-03-03 14:40:03 | 参考文献

 「つらいかた」というのは、作者の脳に障碍のある長男(作曲家の大江光)が、彼の母方の祖母(映画監督の伊丹万作の妻で伊丹十三の母)について表現した言葉で、おそらく認知症を患っていると思われる祖母への深い同情と労りを含んでいます。

 長男のピアノ作品集を中心として、作者、長男、祖母、妻、長女、次男から構成されている家族の関係性が浮かび上がってきます。

 文中で、長男が小学校高学年から中学のはじめにかけて(彼の身体的な能力のピークであった時期)、夏を軽井沢の別荘で過ごした日々を、自分にとって「夏の盛りのような人生の時」と懐かしむ作者に、同様に二人の息子の幼年時代から小学生までのころを「人生の黄金時代」と思っている自分としては、深い共感を覚えました。

 そして、続いて、この時期(長女と次男が大学生)を「生の秋あるいは冬の方へ近づいているわけなのだ。「つらいかた」として人生の終りの方の時に耐えねばならぬ、そのように生命の力の移行は進んでいる……」と表現しているのを読むと、とっくに人生の冬を迎え、さらには「つらいかた」の時期が迫りつつある自分としては、より切実に感じています。

 

 

 

 

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