「核時代と戦争児童文学」という特集の中の論文です。
真珠湾攻撃の時に、五隻の二人乗り特殊潜航艇で奇襲攻撃をかけて戦死したいわゆる「九軍神」を例に挙げて、国家の戦争像と個人(特に子どもたち)の戦争像がいかに乖離していたか、そして、その原因の一翼を児童文学者たちが担ってきたかを指摘しています。
なぜ五隻なのに九軍神なのかというと、乗組員のうちの一人は特殊潜航艇が沈没するときに脱出に成功して、アメリカ軍の捕虜になっていたからです。
これは、太平洋戦争における日本の捕虜第一号だったので、その存在を知っていたにもかかわらず、国はその事実を隠蔽して、彼の存在すら抹殺したのです。
また、残りの九人は最初の犠牲者であったので、「九軍神」として神格化され、攻撃は失敗したにもかかわらず、ありもしない戦果がでっちあげられました。
これは、その後のいわゆる「大本営発表」による事実の隠ぺいと戦果のでっち上げの発端にもなっています。
そして、「九軍神」及び彼らの少年時代は、繰り返し幼年倶楽部などの雑誌に「児童文学者」たちによって描かれ、「少国民」であった当時の子どもたちのヒーローに祭り上げられていったのです。
著者は、国家が喧伝する「戦争や核」が、実際に個人(名もなき人々)が直面する「戦争や核」と乖離していることは現在も変わらないことを、レイモンド・ブリッグスが1982年に描いた絵本「風が吹くとき」(アニメにもなっています。その記事を参照してください)に描かれている、1976年にイギリス情報局が出した「防護して生き残れ」という「核シェルターを自分で作って生き残ろう」というパンフレットどおりに行動して国家の救援をむなしく待ちながら死んでいく老夫婦を例に挙げて指摘しています。
このことは、福島第一原発事故で東京電力や国がいかに事実を隠蔽していたかを経験した我々にとっては、さらに重要な指摘になったと思われます。
日本児童文学 2013年 04月号 [雑誌] | |
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