1975年に週刊朝日に連載された、日本映画史上最大の女優の自筆による半生記です。
5歳だった1929年に、ひょんなことから「母」という映画のオーディションに参加して抜擢されて以来、天才子役、アイドル少女、清純派の娘役、そしてどんな役でもこなす名女優と、1979年に引退するまで、ちょうど五十年にわたって大活躍しました。
彼女は、映画でデビューして、映画で引退し、舞台やテレビの仕事はほとんどしなかった、真の映画スターです。
文章や構成はあまりうまくないのですが、驚異的な記憶力で、彼女の家族関係や当時の風俗だけでなく、往年の大スターや映画関係者、それに彼女のファンだった有名人たちが、実名で鮮明に描かれていて興味深い内容です。
彼女は子役時代から大人気で、何本もの掛け持ちで映画出演していたために、小学校さえ満足に通えませんでした。
しかし、七歳の時に出演した舞台で三時間もの大作の脚本を丸暗記してしまい、主役の大人たちのプロンプターをしたというほどの抜群の記憶力の持ち主なので、四十年以上前のことでもまるで昨日のことのように再現されています。
この資質は、優れた児童文学作家(例えば、エーリヒ・ケストナーや神沢利子など)と共通する才能で、この自伝の子役時代も一種の児童文学として味わうことができました。
児童文学といえば、彼女の代表作の一つに、「二十四の瞳」の先生役があります。
壺井栄の原作は読んだことがなくても、彼女が主演した映画は見たという人も多いでしょう。
物語の受容という点では、早くからメディアミックスは進んでいましたが、当時は文学から映画という順です。
今では、最初にキャラクターの企画があって、そこからゲーム、トレーディングカード、おもちゃ、お菓子、アニメ、マンガ、宣伝、SNSなどのいろいろな種類のメディアへの展開があって、文学という形態はその一部にすぎないことが多いです。
ただし、文字情報の製作コストは低いので、世の中に言葉がなくならない限り、文学が完全に姿を消すことはないでしょう。
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