●ずいぶんとご無沙汰してしまいました。
世の中コロナ明けや!にまかせて、日々忙しくしていたら、ブログを書く時間を割いていませんでした。
そう、書く時間がないのでなく、書いてない、まぁ怠慢ですか。 いやいや、自由に書いている者に怠慢もなにもないですが。
それでもご無沙汰ですね~。すこ~し息抜きですね~ と思っていたら、なにやらまた、新しい合唱への参加のお誘いももらったり、かつての同僚やら、会計士さんとの復活飲み会もあるやらで、、、、 あぁ、また書けない言い訳をしておりますが、、、。
で、そのかつての会計士さんとの飲みの会計士さんのお名前に淡島さんという方がいたので、その「淡島」の名でグーグルメールを検索していたら、世田谷の淡島湯についてのやりとりを、亡き父としていたので、それをまた見返して、感慨深いものがあるのもまたひとしお・・・
やはり私は父の子だったのだなぁと思います、最近特に・・・
第九の友達やらからお誘いを受けて、コンサートやそのあとの飲み会に参加させてもらうのですが、その際の自分の写真のポーズや感じをみていると、どうも父に似てきているんですな・・・いやぁ、まいりました・・・いや観念する必要はないのですが。
そんなこんなで、6月 さてそろそろどこの銭湯にまいりましょうか・・・
冒頭の写真は グーグルで 「兵庫県 高砂市 蒔 銭湯」で検索して拝借しました。
そうか~ そりゃそうだな、銭湯も蒔なのかどうなのかでまた伝統も違ってくるか・・・しかし、この東京都内に蒔でたく銭湯はどれくらい残っているのだろう?
>>>2017年6月20日 亡き父のメールより
ところで、こちらの銭湯も無くなりました。
今のうちに昭和時代の銭湯巡りを始めています。高砂でただ一つ、しかも薪、廃材を銭湯の親父が集め大きな窯で沸かしてくれますが、熱くて入れません。どんどん水で冷やして入りましたが、年寄りから注意されました、また、三田でこれまた唯一の薪、これは立派なヒノキのきれっぱしで沸かした、なんとも豪華な気分を味わいました。さらに京都の船岡温泉、芋松温泉、錦湯といづれも由緒ある銭湯です。元気でやってください。