テレビで「がん哲学」カフェを報道
私には聞き慣れない言葉。
医師、ボランティア、がん患者により構成されていた。
どう生きるか、をサポートしている活動と、そんな印象を受けました。
一般社団法人 がん哲学外来
こういった活動も必要だなあと感じ入る
その活動をよくわかった上で発言しているのではないのですが。
がんに負けない心を皆が持っている訳ではないと私は感じています。
いっときのつらい治療、痛い手術はいいんです、まだ。
生活の質が著しく落ちてしまうと、それは一つのショックだと思います。
先への不安というか、未来はあまり考えられない病気のなかで自分が潰れそうになることもありますよ。
そんな心の部分に寄り添う活動があればいいのになあといつも思っていました。
がん治療は諦めとともに始まったもの
切られてしまう前の抗がん治療中の夏。
私は服を買っている。
生成りガーゼ生地のふわふわのサンドレス。
もうこんな格好は出来なくなるだろうという予感で、こんな服を来ていることの出来る自分に最後の夏を着て過ごす。
仕方ない、嫌だけど。
こんな50過ぎの女性でも自分のからだに傷がつくことは嬉しくはないものだ。
こういう心は今でも風の中にふと思い出す。
夏の風が感じられると、ああ、わたしの夏はもう、人もびっくりの傷。
そういうことって本人にとってまだまだ残っているもので。
生きているからいいや、と納得してはいますが、
それは本人が納得して言う分にはいいのですが納得までには、そんな小さなことですら受け入れには作業がいると思うのです。
今でも毎日先を思うと困ります
それは皆誰でも本来そうなんだけど。
明日は約束されていない。
先を考えると、そう、墓を買いました。
だって残された人が困るもん。
そこに至るまでは一人きりでじっと考えました。
それ以外の遠い先はあまり考えない様にしています、考えたら苦しいから。
医療は独立した専門分野、私たちはわからない
ありがたいことに日本の医療制度では全額負担ではない。
先進の医療を受けられる。
ここがすばらしいこと。
アメリカにうまれていたらこんな治療は無理だっただろうなあと明細書を見て思った。
それは大前提だとありがたく感じている。
それでも、新しい時代には、夜な夜なこんなブログを渡り歩かなくても情報が得られ、
安心して生きていけるケアが必要だと感じているのです。
すばらしい医療で生かされた。
でもそのからだは普通の生活は出来ない、それでも患者の負担や再発率は押さえられている。
あるいは初期発見が出来ず死を向かい合う医療。
その心の持ち様で元気にもなるし。
医者嫌いになり乳がん術後、病院に行かなくなり若くしてなくなってしまった大好きな友達もいた。
がん罹患の患者の人権確立
自分が生きていることをみんな抱えて生きている。
外科医はさばくプロだから、それに専念してくれればいい。
心やさしくならないでいい、ささっとどんどん切ってくれればいい。
別なセクションがあればいいといつも思っていた。
看護士に求めるのは過剰すぎるかも。
もっと、ずっと家に帰っても皆が哲学で生きるそうな感じがいいよなあ。
ほんとそう思った
今日は実は疲れて
これだけはやろうという仕事を昨夜からしだした、
今日も居残りして。
帰ってきたら即刻ソファ寝
でもね、ただ寝てしまっては嫌なの。
自分に一回向き合わないと生きていけないのです。
今はこれだけだよね。
BSでボブディランを聴きつつ
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私には聞き慣れない言葉。
医師、ボランティア、がん患者により構成されていた。
どう生きるか、をサポートしている活動と、そんな印象を受けました。
一般社団法人 がん哲学外来
こういった活動も必要だなあと感じ入る
その活動をよくわかった上で発言しているのではないのですが。
がんに負けない心を皆が持っている訳ではないと私は感じています。
いっときのつらい治療、痛い手術はいいんです、まだ。
生活の質が著しく落ちてしまうと、それは一つのショックだと思います。
先への不安というか、未来はあまり考えられない病気のなかで自分が潰れそうになることもありますよ。
そんな心の部分に寄り添う活動があればいいのになあといつも思っていました。
がん治療は諦めとともに始まったもの
切られてしまう前の抗がん治療中の夏。
私は服を買っている。
生成りガーゼ生地のふわふわのサンドレス。
もうこんな格好は出来なくなるだろうという予感で、こんな服を来ていることの出来る自分に最後の夏を着て過ごす。
仕方ない、嫌だけど。
こんな50過ぎの女性でも自分のからだに傷がつくことは嬉しくはないものだ。
こういう心は今でも風の中にふと思い出す。
夏の風が感じられると、ああ、わたしの夏はもう、人もびっくりの傷。
そういうことって本人にとってまだまだ残っているもので。
生きているからいいや、と納得してはいますが、
それは本人が納得して言う分にはいいのですが納得までには、そんな小さなことですら受け入れには作業がいると思うのです。
今でも毎日先を思うと困ります
それは皆誰でも本来そうなんだけど。
明日は約束されていない。
先を考えると、そう、墓を買いました。
だって残された人が困るもん。
そこに至るまでは一人きりでじっと考えました。
それ以外の遠い先はあまり考えない様にしています、考えたら苦しいから。
医療は独立した専門分野、私たちはわからない
ありがたいことに日本の医療制度では全額負担ではない。
先進の医療を受けられる。
ここがすばらしいこと。
アメリカにうまれていたらこんな治療は無理だっただろうなあと明細書を見て思った。
それは大前提だとありがたく感じている。
それでも、新しい時代には、夜な夜なこんなブログを渡り歩かなくても情報が得られ、
安心して生きていけるケアが必要だと感じているのです。
すばらしい医療で生かされた。
でもそのからだは普通の生活は出来ない、それでも患者の負担や再発率は押さえられている。
あるいは初期発見が出来ず死を向かい合う医療。
その心の持ち様で元気にもなるし。
医者嫌いになり乳がん術後、病院に行かなくなり若くしてなくなってしまった大好きな友達もいた。
がん罹患の患者の人権確立
自分が生きていることをみんな抱えて生きている。
外科医はさばくプロだから、それに専念してくれればいい。
心やさしくならないでいい、ささっとどんどん切ってくれればいい。
別なセクションがあればいいといつも思っていた。
看護士に求めるのは過剰すぎるかも。
もっと、ずっと家に帰っても皆が哲学で生きるそうな感じがいいよなあ。
ほんとそう思った
今日は実は疲れて
これだけはやろうという仕事を昨夜からしだした、
今日も居残りして。
帰ってきたら即刻ソファ寝
でもね、ただ寝てしまっては嫌なの。
自分に一回向き合わないと生きていけないのです。
今はこれだけだよね。
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