
ジロさんは、欠けたグラスなのだと健次は思う。割れてしまったグラスはそれが寿命だったのだとあきらめることができる、けれど少なくとも透明に光る部分をのこしたふちの欠けたグラスは「たまンない」のだと、これはママ自身が言ったことばだ。
そうしてそう考えてみれば、ジロさんだけではなく、健次も、そしておそらくはママも、ふちの欠けたグラスなのかも知れない。「たまンない」というような日々を、ママも健次もずっと過ごしてきていて、今では「たまンない」と思うことすら煩わしくなってしまっているだけなのだとも言える。
―――割れちゃった方がよかった......。
そのつぶやきに、健次は深く頷く。けれど自分自身に対してそう言ってしまうことは、やはり健次にはできないのである。
(鷺沢 萠『葉桜の日』)
鷺沢さんが亡くなったのは2年前の4月11日、葉桜の季節でした。ニュースを知ったときは、悲しさよりも、寂しい気持ちで一杯になりました。
「あの時この人の存在があったから、今生きていられるのかもしれない」と私が思う存在は決して多くはないのに、どうしてかみんな、とても早く去っていってしまいます。