「論」も愉し
近ごろ「論」が浅くなっていると思いませんか。
その良し悪し、是非、正しいか違っているかを問う前に。
そうやってひとつの「論」の専制が起きる時、
失なわれるのは自由の気風。
そうならないために、もっと「論」を愉しみませんか。
二〇〇八年夏 筑紫哲也
(Web多事争論 公開に寄せて)
そんなことより、むしろ変わらないのは、長い間みなさんの支持によって作られたこの番組のあり様であります。それを私たちは「ニュース23のDNA」と呼んできました。
力の強いもの、大きな権力に対する監視の役を果たそうとすること、それから、とかく1つの方向に流れやすいこの国の中で、この傾向はテレビの影響が大きいんですけれども、少数派であることを恐れないこと、多様な意見や立場をなるだけ登場させることで、この社会に自由の気風を保つこと、そういうことが含まれています。
それを実際に、すべてまっとうできたとは言いません。しかし、そういう意志を持つ番組であろうとは努めてまいりました。この18年間、人は変わったんですけど、そのことでは変わりはありません。同じようにこれからも松明は受け継がれていきます。
(News23 多事争論「変わらぬもの」 2008年3月28日)
2007年5月、筑紫哲也さんはNews23で癌を告白されました(番組を見た夜に書いたブログはこちら)。
筑紫さんが亡くなったことはロンドンで知りました。
筑紫さんが亡くなられたときには特番があったでしょうし、多くの方がブログも書かれた思うので今更だとは思いますが、私なりに思うことなどを少し書いてみようと思います。
起業家とジャーナリストを比べるのもなんですが、Steve Jobs氏のようなスピーチもすごくいいけど、筑紫さんの話し方を見ていると、日本人独自の魅力というものはちゃんとあるなぁと思います。
いい意味での真面目さとか、誠実さとか、穏やかさとか。
プレゼンテーションはもちろん上手にこしたことはありませんが、最後に意味を持つのは結局は人間性ですよね。
その人がどういう人生を歩んできたか、どういう風に生きているか、どういう意見を持っているか。
Jobs氏にしろ、筑紫さんにしろ、その言葉に説得力があるのは、努力と知識、経験に裏付けされた、ぶれない自分の意見をきちんと持っているからだと思います。
私は、同じ2007年にこんなブログも書きました。
ただの本の感想文ですが、その余談で、ある元国連大使の方が言っていた言葉をご紹介しました。
もう一度、ここに載せておきます。
政治のこと、経済のこと、日本のこと、世界のこと、もっとちゃんと知りたいなぁとあらためて思ったりしています(好きなのでつい文学ばかり読んじゃうんですけどねぇ)。
「大切なのは自己のアイデンティティを持つことである。アメリカ人と同じように流暢な英語を話し、同じような価値観を持つことは要求されてはいない。自国に対する認識をしっかり持って初めて彼らと同じテーブルを囲むことができる」
「日本人として、一人の人間として、自分の意見をいつもはっきり持つこと。そうでなければ、これから日本人が立っていく国際社会の舞台で意見を言うことはできない」