いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

「ほとんど信頼できない」~トップは官僚(笑)

2007年08月22日 17時04分24秒 | 社会全般
ボツネタさん経由。
時事のニュースの元ネタを探したら、発見した。

中央調査社 調査結果概要


これで見ると、「評価1(=ほとんど信頼できない)」を付けた割合が一番多かったのは「官僚」の38%、次いで「国会議員」の34%だった。両者の1と2の合計割合の比較でも、官僚68%に対して国会議員62%と、官僚に対する評価は厳しいものであることが判る。

マスメディアの陰謀のせいなのか、陰謀組織のプロパガンダとか情報操作のせいなのか(笑)、私には判りませんけれども、どうやら最悪の信頼性であると大衆が考えているということなのでしょう。ま、これも愚かな大衆が情報操作にまんまと引っ掛かってしまった結果である、ということなのかもしれませんが。

今に始まったことでもないでしょうし、別に信頼なんてされなくとも仕事はできるし、国民なんていないのと同じだし、変える必要性を感じてこなかったのであれば現状のままでも困ることもないでしょう。もし困ることがあるなら、もっと以前から業務に差し支えることがあるかもしれず、そうであれば何か改善しようということになるでしょうからね。

社保庁問題の影響もあってか、役所とか役人とかは「信じられない」ということに繋がり易かったかもしれないけど、貪り組織を大量に生み出してきたり、ウマミにありついてきた連中がいたのだから、仕方がないわな。

信頼を回復する努力をするのも、イメージ悪化で叩かれやすくなるのを放置するのも、「自由だ~~」。




野口英世は偉かった…と思うけど

2007年08月22日 14時34分56秒 | 俺のそれ
私は野口英世の応援団長ではないのですが、これまで若干書いてきたので、「一言いっておくか」(笑)。

過去の記事はこんなのがあったよ>検索結果


この前読んだ『生物と無生物とのあいだ』とも関連しているので、タイムリーな話題でもある。他にも、ワトソン君の話も書いたしね。まあ、この辺は大した話でもないので、別にいいか。


今日取り上げるのは、こちらの記事。

野口英世は偉人か虚像か - OhmyNewsオーマイニュース “市民みんなが記者だ”

うーん、野口英世は「本当はお札にするような人物なんかじゃないんだ」ということかな?
一体、どうしたいのでしょう。野口英世を選んだ財務省の官僚たちをとっちめたい、ということかもしれませんね(笑)。世の中の人々に「野口英世を偉いと思っているのは、迷信なんだよ。オマエら、目を覚ませ」ということを知らしめたいということなのかもしれない。それはそれでいいと思いますけど。で、どう捉えるかは自由でいいと思えますね。随分昔の『遠き落日』とか、ここ数年間でもテレビで何度か取り上げられていたから、世の中の結構な数の人々は「こんな人生だったのか」みたいなことを知っているのではないかと思えます。

それでも、野口英世は偉かった、と思えますね。今の日本人であっても、野口と同じように世界に飛び出して挑戦するというのは、中々大変だろうと思うのですよ。いつの時代であっても、チャレンジした人間を評価しない、という人はいるからね(笑)。大した成果を残したわけじゃない、ということであるとしても、見習うべき部分は少なくないと思えるのですね。同時代人たちから一目置かれるという人物になるだけでも、それは凄いことであると思います。それすらできない人の方が圧倒的に多いのですから(笑)。あの時代においては、人類に貢献できていたと思います。ド田舎の貧乏人の小倅が勉学を足がかりにして階段を上がっていく、世界へと羽ばたいて行くというストーリーは、ドラマティックであり、私の中では十分ヒーロー足りえますね。単なる聖人君子ではないことも当然で、人間臭さがあっていいんじゃないでしょうか。


野口英世ばかりではなく、たとえノーベル賞受賞者であっても、後世で評価が大きく変わることだってあるのですから。

ノーベル賞 - Wikipedia

この中での批判の項目には、色々な例が出されています。フランクリンの例ばかりではなく、受賞者が必ずしも一番いい仕事をしたかというと、そうでもないこともあるのです。もっと悪い例だと、昔『カッコーの巣の上で』で知った「ロボトミー」手術なんかもノーベル賞だったそうですし。時代によって、評価は変わってしまうということは普通に有り得る話なのではないのかな、と。

こんなのもある。

ダニエル・カールトン・ガジュセック - Wikipedia

狂牛病で有名になったヤコブ病とかプリオンとかの関連ですけれども、クールー病の研究でノーベル賞受賞となったのですね。でも、その仕事の評価とか人物評価がどうなのか、というと必ずしも良好というわけではない。「彼のお札はないじゃないか」とか言われるかもしれませんけど。


野口はお札にするほど本当に偉大な人間だったのか、と聞かれたら、万人に共通する答えというものは出ないかもしれないけれど、多くの人が「野口英世を引き摺り下ろしたい、お札の顔を塗りつぶしてやりたい」みたいに考えるのであれば、「別なお札を出せ」運動でもやってみたらいいのではないでしょうか。それとも、「福沢諭吉も本当は偉くなんかなかった、慶応贔屓だ、大隈重信にしてくれ」とか、反対意見が出されてくるのかもしれませんね(笑)。