見出しの続きは「アメリカも、先制攻撃はしないだろう」「安倍首相が北朝鮮の脅威をことさらにあおるのは憲法改正のための選挙用」です。
本ブログでは、管理人すなわち私ヌルボの個人的意見・主張を前面に出したような記事はほとんどありません。そもそも、断定的に言えることは「自分は断定的な言い方ができない」ということくらいなものです。
ところが、最近(に限ったことでもないが)北朝鮮の核の脅威が大きな問題となり、選挙の論点の1つにもなり、またごく最近の新聞報道で「北朝鮮にアメリカが軍事力を行使すること」を支持する人が驚くほど多いことを知りました。
そこで私ヌルボ、長年の韓国・朝鮮オタクとしてどのような政治的選択をするにしても、それ以前に「こうしたことは広く知っておいてほしい」ということを、ひかえめな(?)意見・主張も交えて書くことにしました。
現在の北朝鮮を理解するにあたって大いに参考とした本はアンドレイ・ランコフ「北朝鮮の核心」(みすず書房.2015)[上左]です。著者は1963年レニングラード(当時)生まれで、レニングラード国立大卒業後の1984年交換留学生として金日成総合大学に留学した経験があり、現在は韓国の国民大学校教授(北朝鮮政治・外交史専攻)という人物。この本も金日成政権の歴史に多くページを割いていますが、とくに力を入れて書いているのは90年代以降から現在の金正恩政権までの政治・経済と外交。具体的なデータの提示と分析、そして北朝鮮への対し方の提言は非常に説得力があります。本書は、とくに政治・外交・メディア等の場で北朝鮮に関わる人たちにはぜひオススメ、というより必読書だと思います。
なお、[上右]はもうひとつの必読書ブラッドレー・マーティン「北朝鮮「偉大な愛」の幻」[上・下](青灯社.2007)です。コチラの著者は過去5回の訪朝経験があるというアメリカ人ジャーナリストで、実に多くの人に取材してその証言を収めています。上下2巻で各600ページを超える大部ですが、読み物としてもおもしろく、苦労せず読み通せるのではないでしょうか。
ランコフの本を関係者の<必読書>と書きましたが、やはり実際に読まれているな、と思ったのは「米CIA専門家、金正恩氏は「理性的な政治家」 体制延命が目的」と題した最近(今月初め)のAFPBBの記事(→コチラ)。その中のCIAの朝鮮半島問題の専門家の言葉(金正恩氏は「理性的な政治家」云々)は、まさにランコフの本そのまんまといった感があります。
※「理性的」というのは決して金正恩氏を肯定的に評価しているわけではありません。90年代すでに破綻しかけていた国をここまで維持してきた北朝鮮の指導層は「冷徹な計算のできる有能な人々」だということです。
もちろん、私ヌルボも日本国内で北朝鮮に対する恐怖感が増しているのは当然だと思います。しかし、こういう時だからこそ北朝鮮についての冷静な分析と判断が必要です。
ただでさえ多くの謎に包まれた国なので正確な理解はむずかしいですが、日本の「常識」で考えると判断を間違えてしまいそうです。とくにそれがそれなりの権限を持つ政治家となると危なっかしい感じがします。
たとえばこの6月、石川県の谷本知事は「兵糧攻めで北朝鮮国民を餓死させなければならない」と発言して批判を受け、その後撤回しました。「人命は尊重されなければならない」というのが撤回の理由です。
しかし、谷本知事の発言の誤りは「北朝鮮住民の生命を制裁の道具のように扱った」という倫理的道義的な点のみにあるのではありません。
彼は1990年代後半の北朝鮮を襲った大飢饉の時代を知らなかったのでしょうか? 北朝鮮で<苦難の行軍>と呼ばれるこの時期、餓死者総数の推定値は25万人~300万人まで幅があって正確な数は不明です。しかし地方の町などでは路上に餓死者の屍体が転がっていて、放置されている状態だったそうです。
ところが、そんな状態でも反政府の暴動などは起こらず、金正日をはじめとする為政者は責任を取らなかったのです。そればかりか、権力層は外国からの支援食糧を極力自分たちのものとなるように「手を尽くした」のです。(支援組織のスタッフの目の前で住民に渡された食糧を、夜役人が回収する等。また政府のあてがった通訳が常に同行して、現地の人との直接的コミュニケーションを阻んだ。また食糧援助に際し朝鮮語のできる人の入国は許されなかった。)
つまり、北朝鮮の権力層は「自国民の生命のことなどなんとも思っていない」のです。その点谷本知事は遅きに失したものの「人命尊重」を口にして日本の(そして大多数の国の)常識にちゃんと立ちかえっているのはまあフツーの人なのかもしれませんが、フツーではない相手に対して「兵糧攻めで北朝鮮国民を餓死させて・・・」とはどうしようもなく的外れでトンチンカンです。
これまでの人生の中で、幸いなことに他人から脅されたりすごまれたりした経験のほとんどない私ヌルボは、たぶんちょっと脅されただけでビビってしまって心ならずも謝ったり金を出したりしそうです。(ずいぶん前新宿でタカリのオッサンに100円玉2個(?)くれてやったことを思い出した。)
そんな善良だが弱気な日本人はきっと大勢いると思います。ところが北朝鮮の場合は過激な脅し文句以外のボキャブラリーはないのか?と思われるほどです。
しかし、そのような激烈な言葉は今に始まったことでもありません。有名な(?)「ソウルを火の海にする」というセリフは20年以上前からのものです。1994年3月板門店で開かれた南北特使交換のための実務接触の際、北朝鮮祖国平和統一委員会書記局の朴英洙副局長がこの表現を口にして物議をかもしたのが最初で、2010年にも韓国側の北に向けた拡声器設置に抗議して「ソウルの火の海までも見越した無慈悲な軍事的打撃で対応するだろう」と警告しています。また米韓合同演習等に対して「こうなったら(朝鮮戦争の)停戦協定の破棄だ!」と、宣戦布告とも受け取られそうな表明をしているのも1994、2009、2013(あ、1996、2003、2006年もか?)等々、何度にも及んでいます。
・・・と書くと、「北朝鮮の強気発言を真に受けるな、というのか!? 攻撃される可能性は高くなくても、<備えあれば憂いなし>ではないか!」と反論されそうです。なるほど<備えあれば憂いなし>論についてはいろいろご意見はあろうかと思います。とりあえずは北朝鮮の強気発言に必要以上にビビることはない、ということです。
では、そんな北朝鮮の脅威にどう対処するか? ・・・ですが、おそらく北朝鮮を深く知る人ほど明確な答えを出せないのではないでしょうか?
ランコフは「北朝鮮の核心」の<結論 - 容易ならぬ結末>の冒頭を次のような文章で書き出しています。
本書を終えるにあたり、何をいえばいいのだろうか。おそらく、ふたつの残念な話から始めるのがよいだろう。ひとつ、北朝鮮は国自体が問題と化している。ふたつ、この問題を解決する手っ取り早い簡単な方法はない。
もしかして、日本にも相当数いると思われるいわゆる<タカ派>の人は「そんなの簡単じゃないか」と言うかもしれません。つまり、先制攻撃。
しかし、そう主張する人は<3手の読み>さえもしていないのではないでしょうか? 将棋で、①自分がこう指したら ②相手はこう指すだろうから ③そしたら自分はこう指す ・・・と、少し先まで読むこと。将棋上達の基本で、プロとなると②の相手の応手も何通りか考え、それぞれに対して自分の3手目、さらにその先まで読むのです。
で、たとえばアメリカが先制攻撃をして北朝鮮を打ち破っても、北朝鮮からの反撃でたとえばソウルが「火の海」になって大きな人的被害を被ったら「とにかく金正恩政権を倒してよかった」などと言えるでしょうか? 周知のように(?)ソウルは北との軍事境界線から30㎞ほどしか離れていません。ちょうど東京~横浜の距離と同じです。その反撃はもしかしたら核攻撃かもしれないし、標的はソウルでなく日本のどこかかもしれません。むしろ技術的に大差がなければ同じ民族の韓国を狙うよりも日本を攻撃するのでは? アメリカと北朝鮮が戦ったら誰がどう見ても北朝鮮の負けで、北朝鮮の独裁政権もオシマイです。それは彼らも十分わかっています。自分の方から戦いをしかけるような自殺行為はするわけがありません。しかし攻撃された場合、1度刺したら死ぬしかないミツバチのハリのようなものでも武器として持っていれば十分抑止力にはなるのです。
韓国でも計画されていたという金正恩個人をターゲットにした「斬首作戦」はまだ良さそうに(一見)思えます。しかし、作戦に成功したとしても、やはりその後のことまでちゃんと考えられているのでしょうか? 金正恩崇拝者の側近が「指導者同志のカタキ!」とばかりに核ボタンを押す可能性は皆無なのでしょうか?
・・・しかし、昔から強硬論を唱える人は他国民を将棋の駒のように考える傾向がありますねー。もしかしたら自国民についても? そして自分の命も失われる可能性など全然考えているように思われないのは、倫理的・道義的問題とともに現状認識からして問題があると言わざるをえません。
もし、<タカ派>の皆さんの願う通りにコトが運んで、先制攻撃により核施設その他軍事施設がすべて破壊され、金正恩等政権中枢も全員消されたとしても、その後の北朝鮮及び(日本を含む)周辺がどうなるか、しっかりした青写真があるのでしょうか? (はたして、アメリカはサダム・フセインを倒した後のイラクをどの程度見通していたのか、大いに疑問。)
ところで、昨日(10月11日)のTBSニュースで<米朝がモスクワで接触の可能性、非難応酬の陰で対話模索か>というニュースが報じられました。米朝間の<水面下の接触>についてはこれまでもいくつか読みました。(その中でも内容が濃いのは松尾文夫氏の→コチラの記事です。)
しかしその秘密の接触もこれまで不首尾に終わっているのは、どんなにアメリカが軍事的圧力を強めても北朝鮮側は頑として核・ミサイル開発を放棄しようとしないから・・・、と私ヌルボは(あ、「ランコフは」か?)推測します。
「やるならやってみろ! ソウル(や日本?やアメリカ?)がどうなってもいいのか!?」と言われて、「やったるわい!」とブチ切れるほどトランプ大統領は(そこまで)バカではないでしょう。
では、「圧力よりも対話を!」という(本心ではもっと強く訴えたい)韓国の文在寅大統領など、<ハト派>の方策には成算があるのでしょうか? これまたはなはだ疑問です。
そもそも、対話といっても具体的にどんな説得を試みるのか? 「そんなアメリカ相手にツッパって緊張を高めても制裁は受けるし攻撃されるかもしれないし、いいことないよ」とか? しかし北朝鮮は百も承知でやっているのです。そう、「緊張を高める」ために。
あるいは、「中国やベトナムのように改革・開放政策を取るならば積極的に支援する」と言うのでしょうか?
中国やベトナムの経済発展について北朝鮮が知らないはずはありません。ではなぜ北朝鮮はこれまで開放政策を選ばなかったのか? 「それはアンタら南朝鮮があるからだよ!」と指を突きつけられたら文在寅はどんな顔をするでしょうか? 中国には南中国はなかったし、台湾はライバルというには軽量すぎました。南ベトナムはドイモイ政策のずっと前に滅ぼされました。ところが韓国という北朝鮮の不倶戴天のライバルは朴正熙時代から急速に発展して水をあけられてしまった・・・。統一前の東西ドイツの場合、1人当たり国民所得の差は1対2または1対3だったが、現在の北朝鮮と韓国の差は最も楽観的なものでも1対15、悲観論者の数字では1対40になるとのことです。
そんな今さらどのツラさげて・・・というプライドの問題もさることながら、何よりも北の指導者たちにとっての大問題は、開放政策が必然的にもたらす情報の自由、国内外の移動の自由、職業選択の自由等々が、これまで必死に統制をしてきた管理国家体制を根底から突き崩すのではないか?ということ。それはつまりこれまで指導者層が民衆に流してきた情報、学校等で教えてきたこと等がほとんどデタラメだったことが明らかとなり、ひいては公開処刑で悲惨な最期を遂げたルーマニアのチャウシェスクのような運命をたどるのでは?というおそれの感情で、なるほど予測としては全然ありえない話でもないかも・・・。
ここでちょっと話が逸れますが、北朝鮮では「人権」という言葉は誰もが知っている言葉ではありません。脱北者に対する調査によると、「人権」という言葉を聞いたことがあるという人は4人に1人程度。 ※「知らなかった」という脱北青年の記事→google翻訳。[2022年5月10日の追記] 参照→<脱北者の42%「人権という言葉すら聞いたことなかった」>
これに関連した「北朝鮮の核心」に書かれていたひとつのエピソードを紹介します。
数年前のことだが、政府高官のひとりが西側の外交関係者にこんな言葉を漏らしたという。「人権やそれに類した概念のすばらしさは認めるが、われわれはきっと、それをわが公民に説明したとたんに殺される」。おそらく、これは官僚のあいだに共通する認識だろう。私(ランコフ)も含め、北朝鮮を訪問したことのある人の多くは、案内員から小声で「旧東ドイツの党と警察の職員はどうなったのか」と尋ねられた経験をもつが、これも偶然の一致とはいえない。
つまり、北朝鮮の支配層にとって、核・ミサイルは対外的な意味もさることながら、まず第一に自らの独裁政権を維持するために不可欠なものなのです。
これまでも核兵器の開発と軍事的挑発を通じて韓国・米国など国際社会から最大限の援助を引き出すことに成功してきました。それが今も北朝鮮のエリートたちの最も合理的な戦略と考えられている(他になにかある?)以上、外国の<タカ派>の圧力も<ハト派>の誘いも関係ナシです。
ではランコフ教授は今後北朝鮮に対して何の方策も提示していないのかというと、そうではありません。長期的な視野に立って次のような3つのルートで外界についての情報を北朝鮮の民衆に伝えることを提案しています。
①北朝鮮当局から認可・後援を受けた学術・文化交流あるいは個人間交流。
②ラジオ放送とデジタルメディア
③故郷(北朝鮮)の家族や友人と連絡を取りあっている韓国在住の脱北者。
※北朝鮮との間の学術交流については、先の→松尾文夫氏の記事にアメリカの大学による北朝鮮留学生受け入れの事例等が紹介されています。
このような気長な方法が、結局は政権の改革を促す国内圧力になり、また世界的な視野と知識を身につけた北朝鮮人は未来の社会を担う主体となる、・・・という展望は、ソ連→ロシアの大変化の中を自身が生きてきたランコフの言葉だからこそ説得力があります。
こうした観点から、彼は開城工業団地についても肯定的な評価を記しています。韓国側の社員の体格や身なり、製品作りの技術水準、工業団地の景観等々だけでも(北朝鮮の支配者層にとっては)危険な外界の情報が伝えられるというわけです。私ヌルボは、開城工団は北の権力層と南の企業が結託して労働を収奪する仕組みなのに、なんで就職難にあえぐ韓国の若者たちは抗議しないんだ!?と批判的に見ていましたが、ちょっと考えを変えようかなと・・・。と言っても、2016年2月朴槿恵政権が北朝鮮による弾道ミサイル発射実験を受けて操業停止して韓国人を引き揚げさせた後、北朝鮮が施設・設備等を接収して独自に操業を再開しちゃったようですから、もう元には戻らない感じですかねー。
※上述のブラッドレー・マーティン「北朝鮮 「偉大な愛」の幻」にも次のように記されている。
もしアメリカがどうしても北朝鮮とたたかわなければならないなら、(私[マーティン]が何十年も発信し、書いてきたように)、それは砲弾の応酬ではなく情報戦であるべきだ。元トラック運転手だった亡命者のコ・ジュンは1998年私とのインタビューでこう言った。「もし北朝鮮の国民が外界のことを知っていたら、学生がどんなふうにデモをするか知っていたら、国民は100パーセント立ち上がりますよ。撃たれたってかまわない。やり方をしらないだけなんだ。外界のことを全然知りませんからね。」
書きたいことはまだありますが、今回は一応ここまで。
たぶん、次の記事も北朝鮮関係です。
テーマは「豊かになっている北朝鮮」。なんと自家用車を乗り回している人もいるらしいですよ。あ、「豊かになってる」といっても金正恩の手柄ではないですよ。
とくに私ヌルボが注目しているキーパーソンが朴奉珠(パク・ポンジュ)首相なんですが、彼は今頃何を考えているのかな・・・?
[10月19日の補記]
[10月20日の補記]
→ 毎日新聞(國枝すみれ記者)の記事「北朝鮮 脱北者が見る今」でも、アメリカ在住の脱北者李氏は、「当局は住民が事実を知ることを恐れ、情報から隔離しようとする。・・・・このバリアーを壊すには、最終的には北朝鮮に関与する政策しかない。住民に情報を与えるべきだ」という言葉を伝えています。北朝鮮当局が韓国の民間団体による風船作戦(北に飛ばして外部情報を知らせる)に神経を尖らせ強硬な抗議をしてきたのもそれだけ効力があるということでしょう。(ランコフ氏はラジオ等と比べてあまり評価していませんが・・・。)