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[韓国語と韓国文化] 「ドリ」と「スニ」をめぐるいろいろ ③80年代のコンスニ(女子労働者)と<偽装就業者>

2015-09-25 03:50:53 | 韓国の時事関係(政治・経済・社会等)
 この「ドリ」と「スニ」シリーズを書くことにしたきっかけは、韓国の総合誌「新東亜」2015年7月号掲載のノチャサ(노찾사)「四季(사계)」についての記事(→コチラ)を読んだからです。この記事はキム・ドンニュル西江大教授執筆の<歌がある風景(노래가 있는 풍경)>というシリーズの中の1つです。主に40歳代の思い出の歌を取り上げ、その歌にまつわるエピソードや時代背景等を書いているものです。(2013年11月号にスタート。)
    

 ノチャサ(노찾사)は韓国の1970~90年代の民主化闘争を土壌として韓国歌謡史に大きな流れを形成した<民衆歌謡>つまり<運動圏>のフォークを代表するグループです。正式グループ名は노래를 찾는 사람들(歌を探す人たち)ですが、ノチャサ(노찾사)の略称で親しまれてきました。
 彼らの歌う「四季(사계)」は韓国では(世代にもよりますが)よく知られている歌です。しかし日本では全然、に近いようなので、とりあえずは聴いてみてください。

 アップテンポの歌なのに哀調が籠ってますね。コメントを見ても「ㅠㅠ 슬퍼요(哀しいです)」というものがいくつもあります。この「新東亜」の記事冒頭にも、以前筆者(キム・ドンリュル教授)が久しぶりにこの歌を聴いていると、横にいた小学生の娘さんが「お父さんとても悲しい」と目に涙を滲ませて言ったそうです。
 そうした感想も歌詞を見ればナットクなんですが・・・。
 最初の部分だけ紹介します。
 빨간꽃 노란꽃 꽃밭 가득 피어도/ 하얀 나비 꽃 나비 담장 위에 날아도/따스한 봄바람이 불고 또 불어도/ 미싱은 잘도 도네 돌아가네
 흰 구름 솜구름 탐스러운 애기 구름/짧은 셔츠 짧은치마 뜨거운 여름/소금 땀 피지 땀 흐르고 또 흘러도/미싱은 잘도 도네 돌아가네

 赤い花黄色い花 花畑いっぱい咲いても/白い蝶花蝶 垣根の上に飛んでも/暖かい春風が 吹いに吹いても/ミシンはよく回る 回り続ける
 白い雲綿雲 小さな雲/半袖シャツ ミニスカート 暑い夏/塩の汗脂汗 流れに流れても/ミシンは回る 回り続ける


 「四季」というタイトルだけ見るとなんだか長閑そうな歌かと思いますが、これは長時間低賃金労働に追われていた70~80年代の縫製工場で働く女子労働者の過酷な労働を歌ったもので、上は春と夏。あと秋・冬と続きます。季節と関係なくミシンは回り続けるのです。以前、何だったか韓国の記事を読んでいたら、この歌が知られ始めた頃会社の同僚から「何が回るんだって?」と訊かれて「ミシンですよ」と答えたら、「ミシン??」となおも首を傾げていたことがあったということが記されていました。多くは恋愛を素材としていた韓国歌謡で、こんなミシンが登場する歌詞はめずらしかったのでしょう。

 「上に掲げた「新東亜」の記事のタイトルページの背景に使われている写真も当時の工場のようすです。見出しの文字は「この地のヒョスニ(효순이)たちに対して言葉を大切にしなければならない」。「효순이」は「孝スニ」つまり孝行娘の意。女子労働者の多くは家族のため地方から上京して就職した<孝行娘>だったというわけです。(九老(クロ)をはじめとする工業団地では女子労働者が大半だったので、記事では「효순이」はあっても「효돌이」の語はありません。) 彼女たちの労働環境は劣悪で、「蜂の巣(벌집)」とよばれた2、3坪ほどの狭い部屋で寝起きしていました。最近(2013年)九老工団労働者生活体験館が設立され、再現された「蜂の巣」を見ることができるとのことです。
 ※→コチラの記事の写真参照。
 九老工業団地での労働者の仕事や生活については申京淑(シン・ギョンスク)の小説「離れ部屋(외딴방)」でうかがい知ることができます。彼女自身70年代後半の16~20歳の頃九老工団の1労働者でした。その小説で「37の部屋の1つ、私たちの離れ部屋」と書いているのがその「蜂の巣」です。工団入口には「機械は30%、労働力は70%」という標語が掲げられていて、「ラインは24時間回っていなければならない」というのがすべての工場の業務原則1条とされ、徹夜作業の時には労働者の眠気を覚ますため<タイミング>という覚醒剤が工場の入口に用意されていたそうです。
 まさに四季を問わず「ミシンはよく回る、回り続ける」だったのですね。

 ・・・と、例によってここまでは長~い前置き。 やっと「ドリ」と「スニ」についてですが、記事中の中見出しに出てきます。
 「コンドリ(공돌이)」「コンスニ(공순이)」。「ドリ」「スニ」つまり男性及び女性の場労働者のことで、70~80年代に実際に用いられた言葉です。

 この言葉は私ヌルボもこれまで目にしたことがあります。しかしこの中見出し全体の文言は「自発的(자발적)コンドリコンスニ」については初めて知りました。
 前後の文を読むと、1970年代末から「学出(학출.ハクチュル)」(=学生運動出身)とか「ハクピリ(학삐리)」(=庶民の側からの学生の呼称)と呼ばれた多くの大学生たちが自分の履歴を隠して九老工団の労働現場に身を投じ、労働者の組織化や待遇改善闘争に乗り出したとのことです。筆者(キム・ドンリュル教授教授)はこれを「韓国の特異な時代精神(Zeitgeist)の象徴」と記しています。
 彼らのことをメディアでは<偽装就業者>、労働現場では<学のある人(먹물.墨汁)>、政権側は<左傾容共勢力>と呼んだそうです。そして企業では<偽装就業者>を探出すために指針まで配布されたとか。たとえば「履歴書の字が学歴に比して上手い」とか「眼鏡をかけて学生っぽい身なりをしている」とか「学生街のスラングを無意識に使う」とか「指にペンだこがある」とか「労働法にくわしい」とか「わけもなく同僚に親切」等々。
 以前にも1930年代の識字運動のような知識青年たちの運動もありましたが、80年代の場合は集団的・組織的な運動が特徴的で、組織が彼らに事前学習をした上で現場に送り出したということで、労働者自身が政治的に自立できることを目指したのが特徴的とのことです。

 ・・・と、ここまで記事内容を抜き書きしつつ、ふと思い浮かんだのが人気女性作家・孔枝泳(コン・ジヨン)のこと。映画化された「トガニ(るつぼ)」の原作者です。彼女は学生時代(延世大英文科)学生運動に関わり(NL派??)、また一時上記のように労働現場に入った経験があるということを以前何かで読んだことがあります。
 今韓国サイトを検索してみると、昨年(2014年)10月の「京郷新聞」の<50歳を迎えた九老工団>という企画の中の孔枝泳のインタビュー記事(→コチラ)が見つかりました。<孔枝泳「24歳、運命のように近づいた九老工団・・・作家の道に導きました」>という見出しがついています。
 この記事によると、裕福な家庭で育ち、明朗で優秀で、「模範的」な生徒だった彼女の大学進学は1981年。つまり386世代の最初の世代です。新入生の彼女にとって大きな衝撃だったのはドキュメンタリーを読んで知った前年の光州民主化運動の真実。まさに彼女の20代は「不正義の時代」と重なり、思索の果てに否応なく青春彷徨に突入します。九老工団が彼女の方に一歩一歩近づいてきたのがその頃。1986年の冬に先輩から声をかけられて工場に入ることを決心します。以後6ヵ月、経済や哲学等の学習を受けます。「トッポッキ会を作りなさい」といったような組織化の具体的方法も教わります。そして電子部品会社に就職。12時間2交代のコンベアベルトで立ちづめの過酷な仕事。足が腫れ、貧血で倒れる者も多かったとか、それを管理者は「起きろ!」と足で蹴るとか、暴力が日常化している所。しかし給料は月10万5千ウォンと最低賃金以下。またトッポッキ会のために市場に行ったものの、そこの餃子は(育ちのよかった)彼女にはとても食べられず絶望感を感じたりもします。
 そのように現場に入る前から頑張ってきた彼女ですが、わずか1ヵ月で<偽装就業者>ということがあっけなくバレてクビ。その経緯はというと、自分と同じ<学出>と思しき労働者が「一杯やろうよ」というので飲み屋に行ったところ、「63年生まれというと大学入学は82年なの?」と訊くので「いえ、81年」と答えると、彼はその後そんなに話もせず店を出てしまいます。つまり彼は会社側の手先で、彼女はそのワナに簡単にひっかかってしまい、翌日すぐ追い出されてしまったというわけです。
 翌1987年、彼女は九老区庁不正選挙糾弾デモで連行され龍山警察に10日間収監されます。そこを出てすぐ一気に書いたのが九老工団とデモの経験を元にした短編小説「東の空が白む夜明け(동트는 새벽)」。これがデビユー作として1988年創作と批評社から刊行されます。また1994年発表の長編小説「サバ(고등어)」も履歴を偽って工場に入った学生運動家たちの物語です。(どちらの作品も未訳。)

 ・・・うーむ、やっぱりこの時代ならではのエピソードだなー。
 それにしても、先に名前を挙げた申京淑が1963年1月12日生まれで、孔枝泳は同年同月の31日。わずか19日の差ですが、地方(全羅北道井邑)の貧しい農家出身で、コンスニそのものだった申京淑は夜間高校から大学に進学したので入学年は孔枝泳から1年遅れ。すでにその頃から、いや、そのずっと前から対照的だったわけです。

 コンドリ・コンスニの話に入ったらすぐにまた別方向にそれてしまいました。やれやれ。あと1回続けることにします。

 →<「ドリ」と「スニ」をめぐるいろいろ ④差別語や自嘲の言葉として>

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