脱北者の女子学生リ・ハナさん(仮名)がアジアプレスのサイトに掲載していたブログ記事は、私ヌルボも愛読してきましたが、最近本にまとめられて刊行されました。
「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」(アジアプレス出版部)がその本です。
見出しで「大学生」と書きましたが、彼女は、ついこの前(3月18日)関西学院大学を卒業しました。(袴姿で、です。)
彼女が生まれたのは1983年頃。場所は北朝鮮の最北西部の都市・新義州。鴨緑江を挟んで対岸は中国の丹東です。
父親は1950年代長崎県生まれの在日2世。済州島出身の祖父母は1940年代(戦後まもなく?)に長崎の五島に渡って漁業を営んでいました。
一家が北朝鮮に渡ったのは1970年代。当時はもう北朝鮮帰国事業で北に帰国する在日は少なくなっていたし、帰国者のその後の厳しい生活についての噂なども流されていたにもかかわらず、またそれなりの財産がありながら、なぜか祖父が帰国を決定し、それにしたがったのだそうです。
大学まで通い、恋人が日本にいたという父親は、本当は北朝鮮帰国を望んでいなかったにもかかわらず、見送りに行った新潟で北朝鮮行きの船に乗せられてしまいました。(父親はその後医科大学を出て医者として誠実に務めますが、体を壊してしまい、希望を失って、たばこを吸いお酒を浴びるように飲んで、結局不遇のうちに亡くなります。
一家が商業都市新義州に住居を割り当てられたのは、相当の寄付・上納の類によるものでしょう。
しかし、その後の生活は、大略これまでの脱北帰国者の手記・証言等と同じ。
果てはやはり在日日本人だった母親から「親類の1人がしでかした不始末で農村に戸籍を移されることになった」と聞かされ、その母の発案で命懸けで鴨緑江を越えて中国に逃れます。それが18歳の時。(前近代的な連座制はいつまで続くのか?)
中国では親切な朝鮮族の人たちの助けも得て働きながら5年間暮らし続けますが、中国の官憲の目を避けて転々とするうちに家族とも別々になり、お金をだまし取られたり・・・。
そんな窮迫した状況の中で、詳しくは描かれていませんが、日本人が関わっている脱北者支援組織と接触し、日本に来ることになったということです。
2005年11月に関西国際空港に降り立った、というから、その時すでに23歳くらい。北朝鮮での高卒の資格など認められるわけもなく、信頼をおく日本人女性から日本語を教わりながら夜間中学に通い、「高認」試験にパスして2009年に関西学院大学入学。(来日して3年5ヵ月とは、速い!)
この本の刊行はメディアでも注目されているようで、MBSラジオ3月1日(金)放送の<報道するラジオ>で、「脱北女性が語る北朝鮮」と題してリ・ハナさんを招いていろんな話を聞きだしています。
1時間近い番組ですが、まるごとYouTubeにupされていましたので、ぜひ聴いてみてください。
新聞では、「産経新聞」3月2日「北朝鮮から来た女子大生リ・ハナさんの日常「私って何者?」」等各紙で紹介されました。
本書中、私ヌルボが興味深く読んだ点をいくつかあげてみます。
・彼女は、北朝鮮で「二十四の瞳」を読んだことがあるが、その時の感想は、「国のために自己を犠牲にして戦っている人たちがいる」という、軍国主義日本に対する共感(!)だったとのこと。日本にきて再読して、反戦小説であることに気づいた。
・1998年、人工衛星光明星1号打ち上げのニュースを聞いて、「充分に食べることもできない中で耐えてきた甲斐があった」とナットクし喜ぶ。町中に活気が戻ったようにも思えた、という。
・「私は地図が読めない」と彼女は書いています。実例もいくつか。その理由の1つは、旅行等、移動の自由が制限されている北朝鮮では、日常生活で地図は必要がないから・・・。
ところで、この本の刊行後~現在のことで、私ヌルボがウンザリしていることがあります。
アジアプレスの石丸次郎氏はツイッターで次のようなことを書いていました。
Ishimaru Jiro @ishimarujiro
3月6日 日本軍慰安婦、朝鮮学校、脱北者などのコリア関連の記事をヤフーニュースに配信すると、差別排外コメントがすぐさま投稿される。程度の低さ・幼稚さ・無邪気さはさておき、その裾野の広がり方は要検証だ。リ・ハナ記事への悪罵の山を一度見てほしい。→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130228-00000001-asiap-soci
・・・で、リンク先を見ると、たしかにこれがもうすごい「悪罵の山」。
1例だけあげると、
「苦労したのは分かった。でも南朝鮮に帰りなさい。日本に朝鮮は不要なんだよ。」
これには「私もそう思う7,015点 私はそう思わない148点」。
無国籍であることの意味とか、国籍を得ることがどんなに大変なことかとか、彼女自身「北朝鮮、日本、韓国、自分はどこの国の人間なんだろう?」と自問し、悩んでいること等々すべて捨象して「出て行け」と言い切れる日本人がこんなにも多いとは。日本を自ら美しくない国にしている日本人がナサケナイです。
他にも、北朝鮮政府と同一視して北の住民(あるいはハナさん)に拉致被害者の件等で厳しい言葉を投げつけたり・・・。拉致被害者や、帰国できない多くの日本人妻と同じように、北の住民も独裁国家に人権を否定されている人たちなのに・・・。
またamazonの読者レビューを見ると、ここには「疑わしい」という表題で次のようなことが書かれているものがありました。
「この本の目的が事実の伝達でなく、読者に同情を与える事に置かれているのではないかと思いました。そうすることで日本の人たちの北朝鮮に対する心象をよくしようとする工作の意図が感じ取れます。・・・著者が住んでいるのは大阪ですが、大阪は中国韓国朝鮮人の生活保護斡旋ビジネスが盛んな都市です。悲劇を隠れ蓑にして、こういう言葉は悪いですが、糞のようなビジネスの温床を作ろうとしているという見方も出来ます。」
・・・いろんな読み方をする人がいるものだなあ、と感心(?)してしまいます。
「北朝鮮をよく見せようとしている」という人もいれば、その逆もあります。北朝鮮の立場を代弁している(?)あるブログでは「リ・ハナにしゃべらせる原稿を書いてるのはどこの馬鹿だ!」と題した記事で、これは「アジアプレス内の誰か」が用意した原稿のままに「バーチャルアイドル」みたいなリ・ハナが棒読みしたものだと「分析」しています。
このブログ主さんはなかなか知識は豊富で、「北朝鮮では、恋愛をテーマにした歌は禁じられていたが、リさんが替え歌や海外の歌をギターで歌い、次第に路上に人が集まったこともあった」という「毎日新聞」の記事を具体例をあげて批判しています。南でもよく知られた「口笛(휘파람)」という恋愛をテーマにした歌があるではないか、というわけです。
しかし、これは「毎日新聞」の見出しの批判にはなっていても、リ・ハナさんに対してはまったくの見当違いです。本書の文中にも、「口笛」について書かれているのです。彼女のいた「学校では」禁止されたと・・・。
このブログ主さん、「一番の馬脚は「北朝鮮では、恋愛をテーマにした歌は禁じられていた」という部分でしょう」と書いていますが、逆にこの一文でちゃんと本書を読んでいないことが明らかになってしまいました。
冒頭にリ・ハナ(仮名)としたように、彼女の名前は仮名です。日本に300人(?)いるという脱北者たちが仮名で暮らさざるをえない理由の第一は、北朝鮮側に知られると北朝鮮に残っている家族に危険が及ぶからです。何らかの「工作」の対象とされる可能性もあります。本書その他に載っている写真でも、顔がわからないように撮られているのも同じ理由からです。
ところが、それだけでもないようです。せっかく日本に来ても自分の過去を「カミングアウト」することは大変な勇気を要することなのですね。上述のように、日本人の間には北朝鮮についてさまざまな見方があるから・・・。つまり、北朝鮮から以外にも懸念されることがいろいろあるわけです。
生まれた時代や所(国・家庭等)によって人の幸不幸は大きく左右されます。彼女の場合も、これまで経てきた厳しい人生で、自身が責を追わなければならないことがどれだけあるでしょうか?
脱北までの生活や中国での5年間の苦労に加えて、日本でさらに重荷を背負わせてしまうことのないことを希うばかりです。
※リ・ハナさんのtwitterは→コチラ。
「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」(アジアプレス出版部)がその本です。
見出しで「大学生」と書きましたが、彼女は、ついこの前(3月18日)関西学院大学を卒業しました。(袴姿で、です。)
彼女が生まれたのは1983年頃。場所は北朝鮮の最北西部の都市・新義州。鴨緑江を挟んで対岸は中国の丹東です。
父親は1950年代長崎県生まれの在日2世。済州島出身の祖父母は1940年代(戦後まもなく?)に長崎の五島に渡って漁業を営んでいました。
一家が北朝鮮に渡ったのは1970年代。当時はもう北朝鮮帰国事業で北に帰国する在日は少なくなっていたし、帰国者のその後の厳しい生活についての噂なども流されていたにもかかわらず、またそれなりの財産がありながら、なぜか祖父が帰国を決定し、それにしたがったのだそうです。
大学まで通い、恋人が日本にいたという父親は、本当は北朝鮮帰国を望んでいなかったにもかかわらず、見送りに行った新潟で北朝鮮行きの船に乗せられてしまいました。(父親はその後医科大学を出て医者として誠実に務めますが、体を壊してしまい、希望を失って、たばこを吸いお酒を浴びるように飲んで、結局不遇のうちに亡くなります。
一家が商業都市新義州に住居を割り当てられたのは、相当の寄付・上納の類によるものでしょう。
しかし、その後の生活は、大略これまでの脱北帰国者の手記・証言等と同じ。
果てはやはり在日日本人だった母親から「親類の1人がしでかした不始末で農村に戸籍を移されることになった」と聞かされ、その母の発案で命懸けで鴨緑江を越えて中国に逃れます。それが18歳の時。(前近代的な連座制はいつまで続くのか?)
中国では親切な朝鮮族の人たちの助けも得て働きながら5年間暮らし続けますが、中国の官憲の目を避けて転々とするうちに家族とも別々になり、お金をだまし取られたり・・・。
そんな窮迫した状況の中で、詳しくは描かれていませんが、日本人が関わっている脱北者支援組織と接触し、日本に来ることになったということです。
2005年11月に関西国際空港に降り立った、というから、その時すでに23歳くらい。北朝鮮での高卒の資格など認められるわけもなく、信頼をおく日本人女性から日本語を教わりながら夜間中学に通い、「高認」試験にパスして2009年に関西学院大学入学。(来日して3年5ヵ月とは、速い!)
この本の刊行はメディアでも注目されているようで、MBSラジオ3月1日(金)放送の<報道するラジオ>で、「脱北女性が語る北朝鮮」と題してリ・ハナさんを招いていろんな話を聞きだしています。
1時間近い番組ですが、まるごとYouTubeにupされていましたので、ぜひ聴いてみてください。
新聞では、「産経新聞」3月2日「北朝鮮から来た女子大生リ・ハナさんの日常「私って何者?」」等各紙で紹介されました。
本書中、私ヌルボが興味深く読んだ点をいくつかあげてみます。
・彼女は、北朝鮮で「二十四の瞳」を読んだことがあるが、その時の感想は、「国のために自己を犠牲にして戦っている人たちがいる」という、軍国主義日本に対する共感(!)だったとのこと。日本にきて再読して、反戦小説であることに気づいた。
・1998年、人工衛星光明星1号打ち上げのニュースを聞いて、「充分に食べることもできない中で耐えてきた甲斐があった」とナットクし喜ぶ。町中に活気が戻ったようにも思えた、という。
・「私は地図が読めない」と彼女は書いています。実例もいくつか。その理由の1つは、旅行等、移動の自由が制限されている北朝鮮では、日常生活で地図は必要がないから・・・。
ところで、この本の刊行後~現在のことで、私ヌルボがウンザリしていることがあります。
アジアプレスの石丸次郎氏はツイッターで次のようなことを書いていました。
Ishimaru Jiro @ishimarujiro
3月6日 日本軍慰安婦、朝鮮学校、脱北者などのコリア関連の記事をヤフーニュースに配信すると、差別排外コメントがすぐさま投稿される。程度の低さ・幼稚さ・無邪気さはさておき、その裾野の広がり方は要検証だ。リ・ハナ記事への悪罵の山を一度見てほしい。→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130228-00000001-asiap-soci
・・・で、リンク先を見ると、たしかにこれがもうすごい「悪罵の山」。
1例だけあげると、
「苦労したのは分かった。でも南朝鮮に帰りなさい。日本に朝鮮は不要なんだよ。」
これには「私もそう思う7,015点 私はそう思わない148点」。
無国籍であることの意味とか、国籍を得ることがどんなに大変なことかとか、彼女自身「北朝鮮、日本、韓国、自分はどこの国の人間なんだろう?」と自問し、悩んでいること等々すべて捨象して「出て行け」と言い切れる日本人がこんなにも多いとは。日本を自ら美しくない国にしている日本人がナサケナイです。
他にも、北朝鮮政府と同一視して北の住民(あるいはハナさん)に拉致被害者の件等で厳しい言葉を投げつけたり・・・。拉致被害者や、帰国できない多くの日本人妻と同じように、北の住民も独裁国家に人権を否定されている人たちなのに・・・。
またamazonの読者レビューを見ると、ここには「疑わしい」という表題で次のようなことが書かれているものがありました。
「この本の目的が事実の伝達でなく、読者に同情を与える事に置かれているのではないかと思いました。そうすることで日本の人たちの北朝鮮に対する心象をよくしようとする工作の意図が感じ取れます。・・・著者が住んでいるのは大阪ですが、大阪は中国韓国朝鮮人の生活保護斡旋ビジネスが盛んな都市です。悲劇を隠れ蓑にして、こういう言葉は悪いですが、糞のようなビジネスの温床を作ろうとしているという見方も出来ます。」
・・・いろんな読み方をする人がいるものだなあ、と感心(?)してしまいます。
「北朝鮮をよく見せようとしている」という人もいれば、その逆もあります。北朝鮮の立場を代弁している(?)あるブログでは「リ・ハナにしゃべらせる原稿を書いてるのはどこの馬鹿だ!」と題した記事で、これは「アジアプレス内の誰か」が用意した原稿のままに「バーチャルアイドル」みたいなリ・ハナが棒読みしたものだと「分析」しています。
このブログ主さんはなかなか知識は豊富で、「北朝鮮では、恋愛をテーマにした歌は禁じられていたが、リさんが替え歌や海外の歌をギターで歌い、次第に路上に人が集まったこともあった」という「毎日新聞」の記事を具体例をあげて批判しています。南でもよく知られた「口笛(휘파람)」という恋愛をテーマにした歌があるではないか、というわけです。
しかし、これは「毎日新聞」の見出しの批判にはなっていても、リ・ハナさんに対してはまったくの見当違いです。本書の文中にも、「口笛」について書かれているのです。彼女のいた「学校では」禁止されたと・・・。
このブログ主さん、「一番の馬脚は「北朝鮮では、恋愛をテーマにした歌は禁じられていた」という部分でしょう」と書いていますが、逆にこの一文でちゃんと本書を読んでいないことが明らかになってしまいました。
冒頭にリ・ハナ(仮名)としたように、彼女の名前は仮名です。日本に300人(?)いるという脱北者たちが仮名で暮らさざるをえない理由の第一は、北朝鮮側に知られると北朝鮮に残っている家族に危険が及ぶからです。何らかの「工作」の対象とされる可能性もあります。本書その他に載っている写真でも、顔がわからないように撮られているのも同じ理由からです。
ところが、それだけでもないようです。せっかく日本に来ても自分の過去を「カミングアウト」することは大変な勇気を要することなのですね。上述のように、日本人の間には北朝鮮についてさまざまな見方があるから・・・。つまり、北朝鮮から以外にも懸念されることがいろいろあるわけです。
生まれた時代や所(国・家庭等)によって人の幸不幸は大きく左右されます。彼女の場合も、これまで経てきた厳しい人生で、自身が責を追わなければならないことがどれだけあるでしょうか?
脱北までの生活や中国での5年間の苦労に加えて、日本でさらに重荷を背負わせてしまうことのないことを希うばかりです。
※リ・ハナさんのtwitterは→コチラ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます