このテーマで私ヌルボが長々しく、それも2回に分けて書く記事を、「こんなクダクダしい文章を読む気にはならない」と思われる方は、<livedoor'NEWS>に「北朝鮮レストラン従業員亡命劇、韓国メディアで論争=「政治的思惑」の疑念消えず」という見出しの実にサラ~と手際よくまとめた記事(→コチラ)があるので、せめてそちらの方でも目を通してて下さい。
4月7日中国・寧波の北朝鮮食堂の支配人(男性)と12人の女性従業員が韓国に亡命したことは日本の主要紙でも報じられましたが、4月9日の「朝日新聞」(→コチラ)等、国際面に2~3段程度の小さな扱いでした。一方、「朝鮮日報」は上画像のように9日1面トップで大きく報道しました。(2面トップにも。) 他紙は見ていませんが、代表的保守紙ということで大きく載せたのかもしれません。これだけの大人数がまとまって脱北したのは異例のことでしたが、この「事件」をめぐるその後の北朝鮮の反応もあり、また韓国内では例によっての進歩陣営と保守陣営間の対立が深刻化し、それぞれのメディアだけでなく脱北者団体等も登場し、政治の場でも問題化しつつある状態に至っています。
以下、何がどう問題になっているか、彼等13人の韓国入国から今までの経緯を日を追って見ていきます。
※青字の部分は新聞記事(日本語)の要約。黒字部分は私ヌルボの補足・感想等です。
【4月7日】
★2日前(5日)、中国の浙江省寧波にある北朝鮮レストラン・柳京食堂から脱出した従業員13人(女性店員12人、男性支配人1人)が集団亡命し、4月7日韓国に入国した。
・・・・翌8日統一部(省に相当)がこれまでの慣行を破り、脱北者の入国直後事実を公表したことについては、4月13日の総選挙で政権側(保守陣営)が有利な材料となることをねらったものという見方がある。進歩系メディアだけでなく、保守系の「中央日報」も6月21日の社説(→コチラ)で批判しています。また4月11日には2015年5月にアフリカ駐在の北朝鮮外交官一家4人、同年7月に北朝鮮の偵察総局出身大佐が韓国に亡命していたことを記者会見で明らかにしています。(参照→4月11日付「ハフィントンポスト」吉野太一郎氏の記事)
※選挙前にしばしば流される北朝鮮に否定的なニュースは「北風」とよばれ、北朝鮮に厳しい姿勢をとる保守陣営に有利に働くと見られてきました。しかし今回の総選挙の結果は大方のメディアの予測に反して保守陣営(セヌリ党)の敗北に終わりました。
なお、この集団脱北以前に韓国に亡命した北朝鮮レストランの女性従業員は過去2人いました。1人目は2004年母・妹の3人で脱北し、ポペラ歌手として知られるミョン・ソンヒ(명성희)さん。(彼女がTV番組中で歌った場面は→コチラ。) 長春の北朝鮮食堂で歌手として働いていたことがあったとか。そして2人目は、上海の北朝鮮食堂元従業員で、ソウル大出のエリート社員と熱愛の末脱北したXさん。私ヌルボ、たまたま最近「新東亜」の6月号を読んでいたら彼女のインタビュー記事があって知りました。脱北の時期も本名もその記事では伏せています。
【4月21日】
★北朝鮮赤十字社中央委員会が13人の送還を求めた。特に必要ならば北朝鮮の家族を板門店またはソウルに派遣して亡命者と会わせると明らかにした。また「我々の正当な要求を拒めば、集団誘引拉致行為を自ら認めることになるだろう」と主張した。柳京食堂で一緒に働いていた20代の女性従業員7人は、この日放映されたCNNインタビューで「仲間は支配人にだまされて韓国に連行された」と主張した。首席従業員チェ・ヘヨンさんは「韓国で苦労する仲間のことを考えると胸が張り裂ける」と涙を流した。CNNは18日平壌・高麗ホテルで彼らに会ったと報じた。 (参照→4月22日付「中央日報」)
・・・・このあたりまでは「想定内」ですね。ある韓国記事には、「上海の北朝鮮食堂で従業員が1人いなくなったが、店長は上部に報告せず必死で探している」といったことが書かれていました。もし韓国で13人の集団脱北が報道されなければ、北朝鮮が事実を知ったとしてもこのようなメディアを通じての抗議をやったでしょうか?
【5月3日】
★平壌で脱北した従業員の同僚や残された家族による合同記者会見が開かれた。元従業員は「今回の事件は南側(韓国)が計画した組織的な拉致行為」などと訴え、事件の朝、韓国側が仕向けた「誘拐バス」から間一髪で逃れた場面まで描写して見せた。また家族たちは、「すべては保衛指導員(秘密警察)の監督不行き届きのせいだ」として当局を強く非難した。(参照→5月4日付「デイリーNK日本」の記事・→5月13日付「デイリーNK日本」・高英起氏の記事)
・・・・元従業員の発言の中に、「食堂の支配人がバスに乗ってきた連中の1人に近寄って「国情院チーム長と呼びながらぺこぺこするのを直接目撃することになった」とか「(国情院の)要員らは、バスに乗った友だちだけを連れてあわただしく逃げた」などとあります。以前延吉で食堂を運営していた時から支配人と謀議をこらしていた人物とのことですが、それが事実だとすると、かなり早い段階から国情院(韓国国家情報院)が関わっていたということになり、それはたしかに問題を含んでいそうです。
しかし、北朝鮮が「拉致」を非難するとは、多くの日本人にとっては「一体どの口が言ってかだ!?」といったところですね。元同僚の女性たち、これまで12人の数十倍もの韓国人・日本人等が北朝鮮によって拉致されていることを知ったらどう思うでしょうか?
北朝鮮がこのようにメディアに脱北者の家族等を登場させて韓国側を非難するということはしばらく前から行われてきました。あるいは、1度は脱北した人が再び北に戻り、TVで「南朝鮮はひどいところだった」と語る等々。ただ、そこには北朝鮮当局がなんらかの脅し(「家族の安全」とか)をかけてそのように言わせたり、本人が状況を把握し、そう語ることによって保身を図ったり、といったことも十分考えられるので、話された内容がどこまで真実かは疑問。
【5月19日】
★アメリカ市民権を持つ親北朝鮮的な在米韓国人ノ・ギルナム氏が、自身が運営するニュースサイト「民族通信」で脱北ウェイトレスたち12人の顔写真・実名・生年月日を公開した。また同通信は「この中のソ・キョンアさんが「家族のもとに返して欲しいとのハンガーストライキを行う中で、死亡したことが確認された」と報じている。
同通信によれば、北朝鮮に残された家族たちは韓国の民主社会のための弁護士の会(民弁)に本人たちとの接見を委任したが、国情院はその接見要求を拒否しているという。(参照→ 「デイリーNK日本版」)
・・・・ノ・ギルナム氏(72?)は北朝鮮を60回以上訪問したという親北人士で、2008年には金日成大学で博士号を取り、2014年には金日成賞を受賞したとのこと。同年10月の「東亜日報」の記事(→コチラ)では、「脱北者を含めた金正恩政権の人権弾圧には、なぜ目をつむるのか」との質問に対し「北朝鮮にはなんら人権問題など無い」と答えています。
もしソ・キョンアさんが「民族通信」の報じるようにハンストの末に死亡したとするとゆゆしき問題です。しかし、韓国メディアも(たぶん)知り得ないことがなぜ「わかる」のでしょうか? なお、→6月20日付「朝鮮日報」は、大韓弁護士協会が推薦した国情院人権保護官の弁護士パク・ヨンシク氏の「従業員たちは北朝鮮に残してきた家族や自分たちの安全を懸念し(個人情報や発言内容が)外に出ることを絶対に望んでいない」、(従業員の一部がすでに死亡したとのうわさについて)「そんなデマを信じるのか」、「13人は全員が健康に過ごしている。そのことだけは明確にしておきたい」という発言を伝えています。
上記のように、北朝鮮と直接パイプを持つノ・ギルナム氏を通じて民弁が北朝鮮の家族たちから委任を受けること自体も問題のタネになりそう・・・どころか、この後実際に問題とされています。
【5月24日】
★民主社会のための弁護士会(民弁)は、北朝鮮離脱住民保護センターに収容されている女性従業員たちとの面会を求めてきたが、センターを管轄する国情院はこれを拒否してきた。そこで民弁はこの日女性従業員の家族から委任を受け、ソウル中央地裁に女性従業員12人に対する人身保護救済請求を行った。その家族からの委任状は、前述のように米国在住のノ・ギルナム氏を通じて入手したものである。
※「人身保護救済審査請求」とは、違法な行政処分や他者の意志によって不当に施設などに収容された被害者の基本権を保障するため、裁判所に被害者の救済を求める手続き。(参照→6月22日付「朝鮮新報」その他)
・・・・「朝鮮新報」は、朝鮮総聯の機関誌だけあって、記事の見出しからして「集団拉致事件、女性従業員の裁判が中止に/国情院、裁判所の出頭通知を拒否」ですからね。
さて、ここまでが4月の事の発端からの3ヵ月の前半部分。後半の6月以降は、さらにドラマチックな展開になっていきます。
上掲の「新東亜」6月号のインタビュー記事で、今回の出来事の感想を問われた元従業員のXさんは、「家族のことが一番気懸り」、「13人が一緒に大胆な決断をした点については釈然としない、何かウラがある」、そして「メディアに脱北の事実を公開したのは本当に政府の誤り。北に残された家族が被害を受けるのです」と答えています。
私ヌルボも同感で、最初に政府が大きなミスを犯し、その上に進歩系弁護士団体(とメディア)がどんどん事態を悪化させているように思われます。
☆直接上記の記事内容とは関係ないことですが、日本・韓国の記事で「美人従業員」という言葉を用いているものが多いことが気になりました。いかにも「男目線」です。単に「女性従業員」でいいではないですか。
→ 北朝鮮レストラン従業員集団脱北その後 ②脱北者団体から逆に「究極の選択」を迫られた進歩系弁護士団体
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます