ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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北朝鮮レストラン従業員集団脱北その後 ②脱北者団体から逆に「究極の選択」を迫られた進歩系弁護士組織

2016-07-11 14:30:52 | 北朝鮮のもろもろ
1つ前の記事の続き。6月以降、事態はさらに「ややこしく」なってきました。

 ※青字の部分は新聞記事(日本語)の要約。黒字部分は私ヌルボの補足・感想等です。

【6月21日~その1】
 ★(進歩系弁護士組織の)民主社会のための弁護士会(民弁)が求めていた女性従業員12人に対する人身保護救済審査請求裁判が中止となった。ソウル中央地裁は女性従業員12人を出頭させるよう国情院に出席命令召喚状を送っていたが国情院は代理人の出席を主張しこれを拒否。裁判所は女性従業員が出頭しなくてもかまわないと態度を一変させた。
  この日女性従業員12人は法廷に出席せず、法定代理人である弁護士が出席した。民弁の弁護士らも法廷に出たが裁判所は審理の非公開を宣言、また録音や速記録の作成も禁止した。その状態で審理を終えようとしたが、民弁の弁護士らは「公開裁判の原則を破った」としてその場で忌避申立を行って対抗した。(参照→6月21日付「ハンギョレ」6月22日付「朝鮮新報」)
 ★民弁は、会見の場で「人身保護裁判は本来、公開して行われるものであるため、改めて公開裁判を要求する」との考えを示した。さらに「政府の方から(元従業員らが柳京食堂で働いていた)事実を先に公表しておきながら「裁判をすれば身元が明らかになる」などと今になって主張するのはおかしい」とした上で「(北朝鮮に残る)家族らが危険な状況に追い込まれるとすれば、これは韓国政府が責任を取るべき問題だ。家族が危険になるのは(元従業員たち)本人も甘受しているだろうが、本人の意志とは関係なく、帰順の事実が公表されることまでは甘受していなかったはずだ」と主張した。(参照→6月21日付「朝鮮日報」)

 ・・・・極力自分の主張は抑え気味で書くように努めているヌルボですが、この民弁の会見内容が事実だとすればオドロキです。「家族が危険になるのは本人も甘受しているだろう」などと平然と(?)発言していますが、娘の言動によってその家族が危険にさらされること自体がいかに人権をふみにじり民主社会に反することかという認識が欠落しているのでしょうか? 脱北した黄長燁(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記の家族は11親等の遠い親戚まで処刑あるいは収容所に収監されたそうですが、そんな前近代的な連座制を法の専門家としてどう考えているのか? 「家族の安全はわれわれが北朝鮮当局に強く働きかけて請け負うから」とは言えないだけでもナサケナイのに、家族に危害が及ぶことがあってもそれは韓国政府の責任とは無責任極まりない・・・って、もしかして保守紙「朝鮮日報」の伝え方の問題ですか?

【6月21日~その2】
★韓国政府当局者は北朝鮮レストランから脱出した13人の保護を決めたことを伝えた。
 これにより13人は脱北者の定着を支援するハナ院には行かず、保護施設に残り韓国社会への適応教育を受ける。
  脱北者は通常70日間保護施設に滞在した後ハナ院に移り12週間の教育を受けるが、今回の保護決定によって13人は通常の脱北者よりも保護施設の滞在期間が最長で6ヵ月長くなる見通しだ。※保護施設はハナ院よりもセキュリティー水準が高い。(参照→6月21日付「聯合ニュース」)

 ・・・・この「特例措置」を脱北者たちの保護とみるか、政府・国情院による監禁・事実の隠匿とみるか? なんという大きな認識の相違でしょうか? 国情院といえば数々の拷問や冤罪事件で怖れられたあの朴正煕時代のKCIA(中央情報部)→全斗煥時代の安全企画部の後継組織で、今ではずいぶん変わったとはいえ、進歩系の人たちにとっては依然として陰で暗躍して保守政権を助ける機関といったイメージが強いということもあるかもしれません。(あながち否定もできない?)

【6月21日~その3】
 ★与党(セヌリ党)の鄭鎮碩院内代表は党の会合で「民弁の主張は、北朝鮮によって完全に利用されたものだ」とした上で「(陳述の内容によっては)北朝鮮に残る家族たちが大きな危険にさらされる恐れがある」と指摘した。民弁が米国在住の親北韓国人ノ・ギルナム氏を通じ、元従業員らの家族から委任状を入手したプロセスについても問題視し、政府当局に対して徹底した捜査を行うよう求めた。野党・共に民主党はプレスリリースを通じ「中国の北朝鮮レストランからの集団脱北事件については徹底した検証が必要であり、外交統一委員会次元で多角的な努力を進めることにした」と明らかにした。(参照→6月22日付「朝鮮日報」)

 ・・・・ネタ元の「朝鮮日報」の見出しには「与野党議員が舌戦」とありますが、野党(共に民主党)の方は本文記事にもあるように「当面は今後の行方を見守るという意味合いに解釈できそう」ということですね。おそらく、党内にも親北朝鮮の色合いの濃淡があるのでは? (「色濃い人たち」の集まりだった統合進歩党は2014年12月解散させられてしまった前例もあるし・・・。)

【6月23日】
 ★複数の脱北者団体は記者会見を開き、民弁による人身保護救済審査請求は「従業員に対する干渉だ」と非難し、それは脱北者や北の住民たちの人権を助けるどころか、北に残っている家族の身体の自由、良心の自由、意思表明の自由を抑圧するものだと主張した。記者会見終了後、脱北者の人権を脅かしているとして、民弁をソウル中央地検に告発した。
  脱北者団体は告発状で「民弁は韓国の国家機関やその関連者の活動に対しては無条件に極度の疑いを持ちながらも、北の当局が介入した行為に対しては少しの疑いも提起しない偏向的で矛盾した行動を見せている」と主張した。(参照→6月23日付「聯合ニュース」)

 ・・・・いよいよここから新たな展開が始まりました。
 韓国にはすでに約3万人もの脱北者がいますが、北朝鮮での一般常識や生活様式と大きく異なる韓国社会では就職も困難で多くが厳しい生活を強いられています。そればかりか、以前(10数年くらい前まで?)はとくに北朝鮮を好意的に見る(主に進歩系の)人たちからは「北朝鮮で犯罪を犯して逃げてきたのでは?」とか「裏切り者」と見られたりしたこともあったそうです。(今も心の中でそう思っている人が相当数いるのか・・・。) そんなまさに人権の保護が必要とされる脱北者の団体が「民主社会のための」弁護士会を相手取って「人権を脅かしている」と告発するとは意外に思う人もいるかもしれませんが、以前からの韓国ウォッチャーにしてみれば「やっぱりなー」といったところです。
 ※在日2世で1960年「帰国船」で北朝鮮に渡り、2003年に脱北に成功した鈴木栄子さんはこの民弁の集会で発言したこと等を→コチラの7月4日付の記事<”民弁”の脱北者人身救済請求、このまま置くべきか>で記しています。「質疑応答の時間に発言権を得た私は北朝鮮は人権について口を開けるような国ではないし、北朝鮮とつながっている民弁もとんでもないことに手を貸していると話した」とのことです。また「もしも脱北してまだ何ヶ月にもならない人たちの家族の再会が論じられるならば北朝鮮帰国事業で北朝鮮へ行った人たちは55年が過ぎた今日までもどうして日本への往来が認められず、親兄弟にも会えないで死んでいっているのか?」とも。
 ※自身脱北者でもある「朝鮮日報」姜哲煥客員記者は、6月22日付「朝鮮日報」で<脱北従業員の人権を蹂躙する韓国の「民主派」弁護士団体>と題した記事(→コチラ)で、「13人の元従業員たちも平壌に残る家族を思えば当然夜も寝られないだろう。・・・金正恩政権は彼女らのこのような感情を悪用し、家族を逆に前面に出すことでその気持ちに揺さぶりをかけようとしているのだ。これは故・金正日総書記の時代には行われなかった手口だ」とし、「この国の一部の弁護士たちが、彼女らを法廷に立たせて真実を明らかにするなどと口にしている。これこそまさに人倫に反する極悪な犯罪行為に他ならない」と民弁を厳しく批判しています。

【7月1日】
 ★脱北者のグループが北朝鮮の強制収容所などに収監された家族らの救出を求め、裁判所に人身保護救済請求を求める文書を提出した。
  また朝鮮戦争の際に北朝鮮に連行され、最近になって生存が確認された被害者の家族も、同様の保護請求を求める計画だ。拉致被害者家族会は「政府が公式に認めた拉致被害者516人も全員が対象で、まずは平壌に住んでいることが確認された21人について請求を行いたい」と述べた。
  家族会などはこの日、民弁に今回の訴訟の弁護を要請したことも明らかにした。「民弁は韓国政府が脱北者を拉致したなどとして人身保護を請求したが、それなら逆に北朝鮮による拉致が正式に確認された被害者の弁護も当然引き受けるべきだ」と主張している。(参照→7月2日付「朝鮮日報」)

 ・・・・「朝鮮日報」の記事の見出しは<脱北者ら、韓国の民主派弁護士団体に意趣返し? 民弁に「北朝鮮の政治犯収容所にいる家族の救済」を要請>となっています。近頃の日本人でも知らない人がふつうにいそうな「意趣返し」といった言葉を使うとは、「朝鮮日報」にはなかなかの日本語の熟達者がいるものです。
 たしかに、韓国に拉致された(?)人たちの人身保護を請求するのであれば、脱北者たちの家族の身辺の安全を求めるのも正当な請求であり、また「(拉致された?)彼らを北朝鮮に返せ」というなら「北朝鮮に拉致された人たちを韓国に返せ」という要求を退けるわけにはいかないでしょう。とはいうものの、民弁の立場としては・・・。

 この記事の見出しで<逆に「究極の選択」を迫られた・・・>と書きました。
 究極の選択その1は、これまでの記事でもふれましたが具体的に書くと今回の脱北者(拉致被害者?)たちが直面した次のようなものです。
 彼女たちが公の場(法廷)で「自分の意志で脱北しました」と言えば北朝鮮の家族たちが危険にさらされ、(家族を救おうと)「拉致されて(orだまされて)来ました」と言えば(意に反して)自分が北朝鮮に戻らざるを得なくなる、ということ。
 この究極の選択その1は国情院の強権(?)により阻まれましたが、民弁は全然別の究極の選択2がわが身に降りかかってくることは予測していなかったのではないでしょうか?
 はたして民弁が家族の安否を心配する脱北者たちの要求を受け入れ、彼らの家族の人身保護請求を提出したり、拉致被害者の送還を求めるといった北朝鮮当局を困らせることができるでしょうか?
 それができればリッパだとヌルボは思いますが、できない(やらない)でしょう、たぶん。北朝鮮にとっては「裏切り者」の脱北者の弁護を引き受けると、民弁も(意に反して)北からは「裏切り者」になってしまいます。しかし脱北者や拉致被害者家族の要求を退けると「なんで拒否するのか?」との非難は当然出てくるわけで、その場合どんな理由づけをするのかがむずかしいところ。

 私ヌルボ、民弁の弁護士たちが望んでいた「かくあるべき展開」は次のようなものだと推測します。
  (1)12人の脱北従業員女性たちが「私たちは意に反して連れて来られた」と証言する。
  (2)この「拉致事件」は、総選挙で与党が有利になる材料とするため国情院が仕組んだ「企画脱北」であることが明らかになる。
  (3)従業員女性たちは北朝鮮に戻り、家族たちと喜びの再会を果たす。
 ・・・これでめでたく一件落着。
 もしかして、「この想定のどこが間違っているのか?」と本気で問い返す人は少なからず(4、5人に1人くらい???)いるかもしれません。
 要は、今の保守政権&国情院と北朝鮮のどちらがより信じられるか?といった点に帰着するのでしょうか?

 私ヌルボとしては、これまで何度か書いてきたことですが、韓国の進歩系の人たちの北朝鮮認識は相当に甘いと思っています。
 本ブログ6月24日の記事(→コチラ)で紹介した「国連北朝鮮人権報告書」は韓国では本になっていないし、その報告をまとめた国連北朝鮮人権調査委員会のマイケル・カービー委員長(当時)も北朝鮮の人権問題に対する韓国の無関心について講演・記者会見等の場で嘆きを込めて語っています。(→コチラの記事参照)

 以上、日本語の記事を中心に亡命事件(拉致事件?)のその後をたどってきました。私ヌルボの見解は上述のように民弁や進歩系メディアに批判的、いや、それ以上に「これはひどい!」とさえ思います。
 しかしそれはそれとして、本来的に正義感の強いと思われる進歩系の人たちがなぜそのように考えるのか?ということも冷静に探ってみたくて、いろいろ韓国の記事も読んでみました。たとえば、「朝鮮日報」の記事1つ1つに具体的に反論している「オーマイニュース」の記事(→コチラ)等。

 今後のことですが、もしかして、左右両派間で少なくとも韓国・北朝鮮を問わず拉致・監禁や連座処罰等のないようにすることを確認しあうとか、家族が圧力や干渉等を受けず彼らだけで会えるよう第三国に場所を設定する等の合意はできないものでしょうか?(それでさえも不安は残りますが・・・。) もっとも、双方とも相手を信頼していないし、一般に韓国では「妥協=敗北」という感覚があるようなので、実現可能性はゼロに誓いでしょうが・・・。
 とりあえずは究極の選択の逆襲を受けた民弁の判断に注目。すでに7月8日には脱北者団体の会長を含む3人と面談をしたことまでは報じられています。

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