最近読んだ、買い得・読み得の本です。
昨年(2011年)11月発行。帯には次のように記されています。
韓国の詩歌を「古代中世歌謡」「漢詩」「民謡と歌曲」「近代自由詩」「時調(シジョ)」の5項目に分類し、代表的作品を紹介。韓国詩史を鳥瞰する待望のアンソロジー。
これまで、韓国(朝鮮)近代詩については金素雲「朝鮮詩集」(岩波文庫)をはじめいろいろ刊行されています。
その他ののジャンルについては、民謡や歌曲については音楽関係の本やウェブサイトで見たり、動画サイトで聴けるものもたくさんあります。
時調についての本は非常に少ないですが、「朝鮮の詩ごころ―「時調」の世界」(講談社学術文庫)という本があります。
また旧朝鮮で生まれ育ち、そこで小学校の教師をしていた瀬尾文子さんという方がいらっしゃいます。彼女は日本に引揚げてから27年後の45歳からハングルを学び始め、1997年70歳の時に「時調四四三選」を上梓、続いて2003年には韓国の漢詩を日本に(たぶん)初めて紹介した日韓対訳詩集「春恨秋思」を、そして昨2011年には愛をテーマにした時調169首を収録した「愛の時調」を84歳というご高齢で刊行されています。関係記事は→コチラ。標記の本の著者金一男さんが「時調会」同人として寄稿しています。
このように、個別ジャンルごとには、その気になればそれなりの知識を得ることは可能ですが、この本は、なんと上記の全ジャンルにわたって、古代から現代に及ぶ主だった作品を、この決して部厚くもない(というより薄い)1冊に盛り込んでしまってるのですから、オドロキです。
各ジャンルの作品数は、
古代中世歌謡=6編
漢詩=16編
民謡=11編
歌曲=15編
近代詩=69編
時調=28編
・・・で、計145編。
一方、本文のページ数は実質152ページ。ということは、原則1ページ1作品。しかし、全作品が原文(ハングルor漢文)と日本語訳、そして作家や作品の説明が4~6行ついている、ということは、作品の多くは部分的にしか載せられていないということです。
これがこの本の最大の欠点。しかし、著者の金一男さんはそれを承知の上で、やむなくこうした形にしたということは理解できます。もし全作品を完全な形で収録したら、おそらく倍以上のボリュームになったでしょうし、定価も4000円くらいにはなったかもしれません。発行が日本文学館ということは自費出版らしい(?)し、できるだけ多くの読者に「韓国詩史を鳥瞰する」本を提供するとなると、この形にして1000円で売ることを優先したということでしょう。
・・・ということで、この本の利点をあげると、
①古代からのさまざまな形の詩文学の概略がわかる。
私ヌルボ、日本の文学史を深く理解するには、和歌もさることながら、漢詩をまず知る必要があるとかねがね思っているのですが、朝鮮の場合も同様ですね。本書にも新羅時代の崔致遠以下、鄭汝昌、申師任堂(5万ウォン札の肖像)、柳成龍(リュ・シウォンの先祖の宰相)、丁若、金笠(キム・サッカ)等々、昔の知識階級の主だった人たちの作品が載っています。
②原文を載せている。
上記の金素雲「朝鮮詩集」などは日本語訳しかないですからねー。(刊行当時の時代を考えると、原文(ハングル)併記はありえなかったでしょうが・・・。)
ただ、各作品の題に限ってハングル標記がないのは残念。
③民謡のような「俗」な歌謡の歌詞も載せている。
歌曲には、ヌルボの好きな金栄一作詞・金大賢の「子守唄(자장가)」が入っています。知らない曲ももちろんあって、YouTubeでいくつか聴いてみました。
④各作品の説明が簡潔にして要を得ている。
⑤(個人的には)今までほとんど知らなかった時調の形式や内容について、およそこういうものか、ということがわかった。
13~14世紀の禹倬(ウタク)という人の作品から、現代の作品まで紹介されています。有名な黄真伊や李舜臣作の時調もあります。
⑥日本語訳は、原文の韻律や雰囲気をよく伝えている(ように思える)。
・・・と思ったのは、金素月の詩。
たとえば「山有花(산유화)」。
산에는 꽃 피네 꽃이 피네 山には花咲く 花が咲く
갈 봄 여름 없이 꽃이 피네 秋、春、夏なく 花が咲く
산에 산에 피는 꽃은 山に 山に 咲く花は
저만치 혼자서 피어 있네 ぽつんと独りで 咲いている
(中略)
산에는 꽃 지네 꽃이 지네 山には花散る 花が散る
갈 봄 여름 없이 꽃이 지네 秋、春、夏なく 花が散る
(※「갈」を「行く」と誤解して訳している人もいますが、「가을(秋)」の意。)
あるいは、崔南善「海から少年へ(해에게서 소년에게)」の冒頭の2行。
처얼썩 처얼썩 척 쏴아아 ザブーン ザブーン ザン ザザーン
떄린다 부순다 무너버린다 たたく くだく ぶちこわす
この本の著者の金一男さんは、ネットで検索すると、川崎市にお住まいの在日の方で、以前から「在日の時調の会」の代表として活動され、韓国の大学で文学賞も受賞されています。
文学には関係ありませんが、→コチラの姜尚中氏批判の文も書いていらっしゃるようで・・・。(関係ないけど、ヌルボも姜尚中さんの反論をぜひ聞きたい。)
日朝の昔の知識人はふつうに漢詩の素養を身につけていて、彼らについて書かれた小説&非小説にはよくその作品が載っていますね。
たとえば(私は読んでいませんが)黄真伊の物語には彼女の作った漢詩や時調があるでしょうし、朝鮮通信使も漢詩を残しているし・・・。
私が今読んでいる「本ばかり読む馬鹿」という小説→
http://contents.innolife.net/book/qacont.php?qa_table=fs_report3&aq_id=1247
にも18世紀末の実学派の人たちの漢詩のハングル訳がいくつか出てきます。(現代の韓国人読者にはナマの漢詩は読めないので・・・。)
しかし「歴史小説における詩歌の合理的な利用」とはたしかに厄介そうですね。ヨルシミハセヨと(無責任に)言うしかありません・・・。
北十字星文学の会で現在取り組んでいる北朝鮮文学作品特集の中で、私に任されたのは「歴史小説における詩歌の合理的な利用」と題する厄介な評論。時調もいくらか登場し、訳文と解説に頭を悩ませていたところです。
早速入手し、参考にさせていただきます。