先日「つむぐもの」という映画を観てきました。糸を紡ぐ話かと思ったらそうではなく、和紙で有名な越前市の年老いた和紙職人の剛生(石倉三郎)と、勤め先をクビになった後ちょっとした縁で韓国の扶余からワーキングホリデーで越前にやってきた女性ヨナ(キム・コッピ)が主人公。
キム・コッピといえば、あの名作「息もできない」(2008)で女高生を演じてましたが、いつしか30代に突入。しかし今回も実年齢より若い役柄を自然に演じてます。冒頭は百済の古都扶余(プヨ)。ヨナがクビになったという勤め先はにも建物に「정림사지박물」という文字が。セリフ中にはなく当然字幕ありませんでしたが「定林寺址博物館」(→説明)ですね。職場としてなかなか良さそうなところなのに・・・って、(たぶん)そこさえクビになっちゃったダメ女だからってことで物語が始まるんですけどね。
で、ワーキングホリデーで日本に行くことを決めると母親が「なんでまた왜놈の国に!?」なんぞと言ったりしてます。字幕では왜놈(ウェノム)を「敵国」と訳してました。直訳だと「倭奴」なんですが、まあ訳し方のむずかしいところ。しかし、かの国ではふだんの会話の中でこういうふうにわりと自然に使われる言葉なんでしょうね。日本での韓国・朝鮮人に対する蔑称はどれくらいふつうに使われているのか、私ヌルボはよくわかりません。そんなに多くはないような気はするのですが・・・。
さて福井県にやってきたヨナですが、和紙作りの手伝いの仕事をするつもりで来たはずだったのに直前に剛生(たけお)が脳腫瘍で倒れ、身体がきかなくなってしまったため思ってもみなかった介護をするはめに・・・。全然介護の経験も知識もない上に、剛生がまた相当にヘンクツな老人で扱いにくいことこの上なし。また何よりもおたがい言葉が通じないという大障壁が立ちはだかっています。
そんなわけで、元来気の強いヨナが韓国語で悪態をつきたくなる気持ちもよ~くわかります。
・・・と、ここからがやっとこの記事の核心部分。(やれやれ。)
で、上述のヨナの悪態で何度か出てきた言葉が「このクソじじい!」。
ここで韓国語学習者の皆さんに問題です。「クソじじい」に該当する元の韓国語は?
私ヌルボは今まで知らなかった単語ですが、何とか聴き取ったところによると「영감쟁이(ヨンガムジェンイ)」です。
辞書にも載っている言葉で、<NAVER辞典>には「[俗語] 老いぼれ。‘늙은이(=老人)’の蔑称」と説明されています。その他「朝鮮語辞典」(小学館)等にも「老いぼれ」という訳語が載っていますが、ヌルボ思うに「老いぼれ」よりも「クソじじい」の方が多少なりとも愛情が感じられる(?)ので、たしかにコチラの方がこの場面の訳語としては適切ですね。
さて、この「영감쟁이」を「영감」と「쟁이」に分けてみてみると・・・。
「쟁이」については、過去記事<韓国の消えゆく職業 「~クン」と「~ジャンイ」>(→コチラ)の中で少し書きましたが「겁쟁이(臆病者)」や「거짓말쟁이(嘘つき)」のように、「○○쟁이」という言葉には侮蔑の意の籠められていることが多いようですね。炭焼きのことを「숯장이(スッチャンイ)」と言いますが、これを「숯쟁이(スッチェンイ)」と言うと差別語になるということです。また「멋쟁이」という言葉は辞書には「おしゃれな人・しゃれ者・めかし屋・だて者・ダンディー」といった訳語が載っていますが、これも若干ケイベツ的なニュアンスが含まれているのでしょうか?(よくわからず。)
「영감(ヨンガム)」は漢字だと「令監」。韓国の小説等ではよく見る言葉です。「朝鮮語辞典」には次の訳が載っています。
1. 老夫婦の妻が夫を呼ぶ尊敬語。
2. (他人の)老年の男性に対する尊敬語。
3. [歴史用語]正三品と従二品の官吏の呼び名。
4. 高級官僚や家柄のよい人の尊敬語。
用例をなんとなく見ていると、バルザックの「ゴリオ爺さん」が「고리오 영감」なんですねー。「ゴリオ ハラボジ」ではなく、いろんな意味合いを含んだコチラの方が作品の内容に合っているということなのでしょう、たぶん。そういえば、「ゴリオ爺さん」の原題(フランス語)は「Le Père Goriot」。ということは「爺さん」じゃなくて「父さん」。これも「Père」には(日本語の父さんよりも)いろんなニュアンスが込められている、ということなのかな?
はてさて、映画「つむぐもの」に戻って。上述のようにほとんど無理のようにみえた剛生とヨナのコミュニケーションが徐々に深まっていくのです。以下ネタバレは避けますが、言葉も大事ですが、それよりももっと大切なものがたしかにあるということですね、うん。(とひとりナットク。)
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