Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

青花釉裏紅魚文中皿

2020年03月27日 14時23分09秒 | その他の古陶磁

 今月の「骨董市と古美術品交換会」は、退院した日の翌日(3月15日)でしたので、さすがに、そこに行く気力はありませんでした(><)

 休んでしまいましたので、今月の「骨董市と古美術品交換会」の記事を書くことも出来ませんでしたし、もちろん、戦果もなかったわけですから、そこで手に入れた古伊万里等の紹介もすることが出来なかったところです(><)

 そこで、今回は、その代わりに、先月の古美術品交換会で手に入れた、義理買いした物を紹介したいと思います。 

 ところで、その「義理買いした物」については、先月16日の「骨董市と古美術品交換会」の記事では次のように紹介したところです。

 

「 幕末頃の伊万里の染付中皿1枚を競り落としました。その皿は、ごく普通のありふれたもので、特に気に入って買ったわけではないんですが、任意の団体に協力する意味で、義理で買ったようなものです。その任意の団体は、売上金の歩銭で運営しているものですから、少しは、それに協力する必要があるからなんです。」

 

 この記事に書いてありますように、私は、先月、義理買いした時点では、この物を幕末の「伊万里染付中皿」と思って買いました。

 その義理買いしてきた物は次のようなものです。

 

表面

口径:19.9cm 高さ:3.4cm 高台径:10.8cm

 

 

裏面

 

 

 しかし、義理買いしてきてから、家で眺めているうちに、なにか違和感を覚えるようになりました(-_-;)

 疑問に感じるようになったのは、次のような点です。

①「どうも、幕末よりは古そうだな~」

②「時代的には江戸中期くらいはありそうだけれど、江戸中期の古伊万里に、このようなものがあったかな~」

③「魚の胴体や尻尾に色が付いているが、明治の伊万里にはこのような色が見られるけれど、この皿は、どう見ても明治にまでは下がらないから、時代が合わないしな~」

④「魚の胴体や尻尾の色は、よく見ると、上絵ではなく釉裏彩だし、伊万里では、初期伊万里の頃には時々見られるが、普通の古伊万里にはあまり見かけないしな~」

⑤「裏面を良く見てみると、生地も、なんか、伊万里の生地とは違うような感じがするな~」

 

 以上のように、眺めれば眺めるほど、疑問が出てきます(><)

 そこで、我が家の乏しい資料をあさり、ちょっと調べてみることに、、、。

 その結果、この皿は、中国清朝中期の景徳鎮民窯で作られた「青花釉裏紅魚文中皿」であろうという結論に達しました。

 この皿は、画像からでは分かりずらいですが、右半分近くがピンクぽく変色しています。この部分が、ちょっと甘手になったんですね。

 その影響もあってか、魚の尻尾の部分に付加された辰砂は還元されて赤っぽく呈色し、魚の胴体部分に付加された辰砂は酸化されて緑色に呈色したようです。

 なお、この手の皿は、高台内無釉のものが多いようですが、この皿は、高台内にまで施釉されていましたので、鑑定が難しかったのかもしれません(←言い訳)。

 古伊万里の鑑定も難しいですね。もう半世紀近くも古伊万里のコレクションをしているのに、このザマです(><)

 長年、古伊万里が好きで、古伊万里を中心にコレクションをしていますと、古伊万里が可愛くなり、見るもの全てが古伊万里に見えてしまうんです(-_-;) 古伊万里を見る目が甘くなってしまうんですね(-_-;) 反省しなければなりません(><)