Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

「二口善雄植物画展ー植物画界パイオニアの画業を振り返るー」

2019年09月30日 13時04分58秒 | 小旅行・美術館訪問

 「二口善雄植物画展ー植物画界パイオニアの画業を振り返るー」を観に、富山まで行ってきました。

 現在、富山県中央植物園(富山市内)で「二口善雄植物画展ー植物画界パイオニアの画業を振り返るー」というものが行われているんですが(9月13日(金)~10月14日(月))、妻が、「ボタニカルアート(植物画)」を習っていて、是非それを観に行きたいというので、私が運転手を兼ねて行った来たわけです(^^;

 また、展示開催期間中の9月29日(日)には、「講演とトークショウ」が行われる(13:30~15:00)というので、特にそれに合わせた計画を立てて出発しました。

 

 9月28日(土)、特に急ぐこともありませんので、朝8時半頃の出発です。

 当面の目的地は富山県の「魚津」です。

 ところで、何故「魚津」に向かったかですが、昔、20年以上も前の話ですけれど、以前、車で北陸を旅した時、「魚津」に立ち寄り、民宿に泊まった際に美味しい魚料理を食べたことがありましたので、また、美味しい魚料理を食べてみたいな~と思ったからです。

 また、今回の旅の本命は、9月29日の「講演とトークショウ」を聴くことですが、その「講演とトークショウ」が午後の「13:30~15:00」に行われるので、9月28日に富山市内にまで行ってしまって富山市内に泊まったのでは、9月29日の午前中が手持無沙汰になってしまうからです。それで、富山市内からちょっと離れた「魚津」に泊まり、そこから、のんびりと富山市に向かい、本命の「講演とトークショウ」を聴こうという計画を立てたわけです。

 ということで出発です。まず、常磐道を北上し、友部JCTで北関東道に乗り、栃木都賀JCTに向かい、そこで東北道に乗り換えます。東北道を短時間南下し、岩舟JCTで再び北関東道に乗り、高崎JCTに向かいます。高崎JCTで関越道に乗り換え、関越道をちょっとの間南下し、藤岡JCTで、今度は、上信越道に乗り換えます。

 「魚津」までの行程も、ここまで来ると安心です。高速道の運転にも慣れてきましたし、複雑でややこしいJCTの乗り換えは、もう、あとにはありませんから。それに、藤岡JCTを過ぎると、次のJCTは、上越JCTだけです。それも、それほど難しいJCTでもなさそうです。それに、JCTの乗り換えにも随分と慣れてきましたし、、、(^-^;

 なお、藤岡JCTから上越JCTまでの上信越道は、一本道で、距離は長く、時間も2時間半かかります。のんびりと、昼食休憩やトイレ休憩をとりながら進めます。

 9月28日は、土曜日でもありましたから、各SAなども混んでいました。ただ、その中でも、「妙高SA」はひっそりとしていました。そこで、珍しかったものですから、パチリ、、、!(笑)

 

 

 閑散とした「妙高SA」

 

  ということで、上越JCTで北陸道に乗り換え、一路、「魚津」へ!

 やっと、「魚津」に到着です。先ずは、魚津漁港へ!

 

 魚津漁港光景(1)

 

 

 

 魚津漁港光景(2)

 

 しっか~し、漁港近くの街並みといえば、、、(-_-;)

 全く活気がありません(><) シャッター通りです(><)

 私が、以前訪れた頃の面影がありません(><)

 泊まれるような民宿は見当たりません(><)

 これには参りました。予定を変更せざるを得ないようです。

 それで、まだ時間もありますので、予定を変更し、とりあえず、まずは、富山市内にある「富山県中央植物園」に行き、「二口善雄植物画展ー植物画界パイオニアの画業を振り返るー」の下見をすることに、、、。といいますのは、ここは、70歳以上は無料だということを知っていたからです。今日入っても、明日も入っても、共に無料だからです(笑)。

 そういうことで、「富山県中央植物園」に行き、下見をしました。

 ところがですよ、ところがです、、、(><) ガ~~ン(><)

 展示パネルの「二口善雄画伯 年譜」というものを読んで、びっくりです(@_@)

 二口善雄画伯は、平成9年に、既に96歳で逝去されているではないですか!

 妻もうっかりしていましたが、私もうっかりしていました(-_-;) 迂闊でした!

 今回の旅の本命は、9月29日の「講演とトークショウ」を聴くことです。それも、本人が「講演とトークショウ」をするものとばっかり思っていました。本人のご尊顔を拝すことも出来るものとばっかりに思っていたんです。ところが、ご本人は、既に22年も前に亡くなっているいるとは、、、。

 これで、今回の旅の最大の目的は無くなってしまいました(-_-;)

 こうなると、今回の旅が、何のためだったのか分からなくなります。もう、こうなったら破れかぶれです。緊張感も、プツリと切れました(笑)。疲れもドット出てきました(笑)。

 それで、「今日は、富山駅前のホテルにでも泊まり、明日、また、今度は、朝のうちに、この「二口善雄植物画展」を再度観て、その後、真っすぐ帰宅しよう」ということに計画を変更しました。

 それから、富山駅前に赴き、ホテルを探します。富山駅前には、ホテルが林立しているんですね。

 その中から、一般的にもよく知られているホテルの一つを選び、宿泊しました。

 

 9月29日(日)、朝、ホテルで朝食を済ませ、「富山県中央植物園」に向かう前に、路面電車の写真をパチリ!

 富山市には、路面電車が走っているんですね! 私は、もう、路面電車なるものを、何十年も見ていません。それで、珍しく感じましたので、記念撮影です(笑)。

 

路面電車(画面 左奥に見える建物は富山駅です)

 

 それから、「富山県中央植物園」に向かい、開園の9時早々に入場しました。

 

富山県中央植物園正面

 

 

正面入口付近の「二口善雄植物画展」の立て看板

 

 

正面入口を入って直ぐにあった看板。訪れた日を証明するために撮りました(笑)

 

 

在りし日の 二口善雄氏(展示パネルから撮影)

なお、展示作品は撮影禁止でしたので、紹介できません。

 

 この「二口善雄植物画展」を観るのも、昨日に引き続いての二度目ですので、約1時間ほどで切り上げ、早々に、帰路につきました。

 途中、何処に寄ることもなく、昼食休憩、トイレ休憩をとるのみで、真っすぐ自宅を目指します。帰路は往路と同じコースです。お陰で、まだ明るいうちに帰宅出来ました(^-^;


「山栗」の運命や如何に?

2019年09月26日 10時36分26秒 | その他の日記

 今朝、近くの農家の方から、栗が3kgほど届きました。

 先日、その農家の裏の竹藪から竹を3本ほど頂いたお礼にと、お酒などを届けたんですが、そのお返しにというような意味のことのようです。

 茨城県は栗の生産量日本一なわけですが、その中でも、この辺は、その中心地に位置していますので、多くの農家は栗も栽培しているんです。

 やはり、栗畑で栽培されている栗は大きいですね。私が散歩の途中で拾ってくる「山栗」とは比べものになりません(><)

 

  左:私が散歩の途中で拾ってきた「山栗」の一部   右:今朝いただいた屋敷栗の一部

 

 

 ところで、昨日、夫婦でスーパーに行って、何気なくお惣菜コーナーを覗きましたら、パック入りの「オコワ」1人分が200円で売られていましたけれど、その直ぐ隣に同じ位の量の「栗入りオコワ」が300円で売られているのを発見してびっくりしたところです。

  栗が入っているだけで100円も違うんですよね(@_@)  

 それを見て、妻はビックリし、感激したようで、妻の体内には、すっかり、「栗オコワ」を作る気力が湧いてきたようでした(^-^;

 ましてや、「山栗」入りの「栗オコワ」など滅多に食べられないと気付いたようで、すっかり、作る気十分になっていました(^-^;  

 それで、これからも、散歩の途中、気分良く、山栗を拾ってくることが出来るな~と思っていたところです。

 しか~し、この写真を見れば歴然としますよね。この栗の皮剥きでは、いかに「山栗」の皮剥きが面倒で、大変であることが(><)

 妻は、私が拾ってくる「山栗」の皮を剥こうと、いったんは、決意を新たにしたわけですが、この屋敷栗を見て、その気持ちも萎えてしまったのではないかと思われます(-_-;) トホホです(-_-;)

 私の拾ってくる「山栗」の運命や如何に、、、?


伊万里 金銀彩山葡萄に蝶文小鉢

2019年09月25日 13時41分03秒 | 古伊万里

伊万里 金銀彩山葡萄に蝶文小鉢 

 

正面と仮定した面

口径:10.6cm  高さ:6.2cm  高台径:4.6cm

製作年代:17世紀中期

 

 

正面と仮定した面から90度右に回転させた面

 

 

上の画像の面から更に右に90度回転させた面(正面と仮定した面の反対側の面)

口縁に5mmほどの金繕いがある。

 

 

見込み面

降り物や窯疵がある。

 

 

伏せたところ

高台畳付き部分にノミホツが1個所ある。

 

 

上の画像の反対側

 

 

 この小鉢は、先日(9月15日)の古美術品交換で、激戦のすえに落札したものです。

 ご覧のように、口縁に5mmほどの金繕いがあり、高台畳付き部分にノミホツが1個所ありますが、鑑賞にはさほどの支障はなさそうです。

 ところで、「金銀彩」ですが、「金」と「銀」とで彩られ、そこに「赤」まで付加されて文様が描かれたわけですから、文字通り、金・銀財宝や赤い珊瑚を思い浮かべ、豪華絢爛の極みと歓迎し、それが出現した当初は、大変な人気を博したであろうことが想像できます。

 しっか~し、「金彩」は使用するにしたがい、使用擦れで「金」は剥げ落ちてきてしまい、金色の輝きを失ってきてしまいました。また、「銀彩」は時の経過とともに酸化し、銀色の輝きを失い、黒ずんできてしまったのです(><)

 そんなことから、人々は、まもなく金銀彩にそっぽを向くようになったようで、急速に人気を失い、作られなくなったようです。

 その間の事情については、「〚伊万里〛誕生と展開ー創生からその発展の跡をみるー」(小木一良・村上伸之著 創樹社美術出版 平成10年10月1日刊)でも、

「伝世品類、生産窯出土陶片、及び消費地遺跡出土品からみる限り、金銀彩は明暦初期頃から始まっていると考えられ、その多くが万治、寛文前半期の頃に集中しているように思われる。(P.232)」

と記しています。

 そのように、金銀彩は、作られた年代が限定されていますので、比較的に製作年代が特定し易いこともありますし(つまり、新しく作られた偽物を掴まないですむこともありますし)、残存数も少ないですから、今では、古伊万里好きにとっては人気の高いアイテムとなっているわけです。

 この小鉢には、古木に山葡萄の蔦が絡み付き、山葡萄が2房垂れ下がった様が描かれ、その反対側には蝶が2匹飛んでいるところが描かれています。それを、金と銀と赤で描かれたわけですから、作られた当座は、いかに豪華絢爛であったかが想像されます。

 文様は、今の時季にピッタリでしょうか。


栗拾い(2)

2019年09月24日 13時13分27秒 | 山菜など

 前回、散歩をしたのは、9月20日でした。そして、その際、栗を少々拾ってきたところです。

 その後、墓参などに追われ、なかなか出かけられませんでしたが、今日は、気温は高めですが、曇り時々晴れで、涼しい風も吹き、絶好の散歩日和です(^-^;

 それで、さっそく、散歩に出かけました。勿論、「栗も落ちてるだろうな~」との予測で、拾った栗を持ち帰るための袋も持参して、、、(^-^;

 案の定、栗は、前回以上の数が落ちていました(^-^;

 拾い集め、家に帰って計量してみましたら、750gほどありました(^-^;

 

 

 

 前回拾ってきた栗は150gほどでしたが、それに今日拾ってきた量をプラスすれば、合計で900gほどになります。十分な量です(^^;

 ところが、ここで、妻からストップがかかりました(><)

 「栗ご飯などを食べるのも、1シーズンのうちに2~3回食べれば十分です。皮を剥くのが大変ですから、もう拾ってこないでください」と、、、(^^;

 栗を拾ってくるのは私ですが、その皮を剥くのは妻がやっているんです。

 それでは、拾ってくることにブレーキですよね(><)

 でもね~、これからは、当分、散歩していると、落ちている栗が目に入るんですよね。それを見過ごし、そのままにし、栗がゴミになるのが忍びないんですよね(-_-;)

 ですから、多分、このブレーキにもかかわらず、拾ってきてしまうことでしょう(^^;


カラオケ

2019年09月22日 19時44分45秒 | その他の日記

 今日は、老人会主催のカラオケでした(午後1時半~午後5時半まで)。

 今日は彼岸中でもあるのか、出席者が少なめでした。

 そのため、今日は、何時もより多く歌うことができました(^-^;

 まず、「好きだった」を歌い、続いては「そんな女のひとりごと」を歌い、更には、出席者からのリクエストに応えて、「おまえに」を歌いました。

 普通は、そこまでの3曲で時間切れになり、終わってしまうところですが、今日は、人数も少なかったため、もう1曲を歌えることとなり、私の持ち歌の「浪曲子守唄」を熱唱してきました(笑)。

 今日は、4曲も歌えたわけで、十二分にストレスを発散してきました。