家づくりには昔から 『お茶だし』 という慣習があります。
『朝茶』 『10時』 『お昼』 『3時』 『仕舞』 と5回が通常でした。
お昼には味噌汁、仕舞にはお酒を用意し、毎回違うお茶菓子を用意したり、寒ければあったかいものを、暑ければ冷たいものを・・・・と、施主様のご家族の気苦労は相当なものでした。『普請疲れ』 という言葉があるくらいです。
その背景にあるのは 『入り手間』 という契約体系と、図面や仕様などもほとんどなかったため、大工さんに 『お願いする』 関係が大きかったといえます。
そのために、当初このお茶だしの意味合いとしては、このときに施主と仕様や段取りの打ち合わせをしたのだと思われます。更に、大工さんを取り持つことで、少しでもいい家をつくってもらいたいという、施主様の切なる思いもこめられていることは言うに及びません。
そこに便乗して悪い風習も生まれました。
『イヤーいつもご馳走してもらって・・・、んじゃ、くぎ一本よけいにぶっとぐが・・・・・。』
図面もなく管理者もいない家づくり、どんな家ができるかわからないものですから、情報が加速度的に発達した時代になってくると、このお茶だしは本来の意味よりも、後者の意味合いが強くなっていきました。そして何かトラブルが発生したとき、『あんなにお茶だししてやったのに・・・・!!!!』 という憎念まで生み出してしまったのです。
現在はそこまでのことはなくなったにしても、10時と3時のお茶出しに気を遣われる施主様も多いようです。
北澤工務店では 『お茶だし禁止のお願い』 をしています。
まず、昔と違い契約の体系が 『入り手間』 から 『請負』 に変わりました。そして、管理者がいて、図面も、仕様も、工程も事前に打ち合わせをするため、お茶のときにじっくり打ち合わせをする必要がないのです。
そして更に、誰もが忙しい現代、10時と3時にいつも家に帰らなければならない、朝と違うお茶菓子を出さなければならない・・・、そんなお茶だしのために施主様ご家族の貴重な時間を拘束するだけの意味合いがなくなった、といえるでしょう。
見習いのころ、『お茶も仕事だ』 とよく親方に言われたものですが、30分もその場にいるのは 『苦痛』 とさえ感じたものです。そんなことからも、お茶をやりたい職人はやりたいときに自分たちで持ち寄って、勝手にやることにしているのです。
しかしながら、コミニケーションとしての 『お茶だし』 を否定するものではありません。逆に職人から施主様にお茶を出している風景もよく見られますし、暑い最中にカキ氷を差し入れされたら、職人はうれしいに違いないわけです。
要は、義務役割の 『お茶だし禁止』 です。施主様と共にいい現場をつくっていきたいものです。
おさむ
『朝茶』 『10時』 『お昼』 『3時』 『仕舞』 と5回が通常でした。
お昼には味噌汁、仕舞にはお酒を用意し、毎回違うお茶菓子を用意したり、寒ければあったかいものを、暑ければ冷たいものを・・・・と、施主様のご家族の気苦労は相当なものでした。『普請疲れ』 という言葉があるくらいです。
その背景にあるのは 『入り手間』 という契約体系と、図面や仕様などもほとんどなかったため、大工さんに 『お願いする』 関係が大きかったといえます。
そのために、当初このお茶だしの意味合いとしては、このときに施主と仕様や段取りの打ち合わせをしたのだと思われます。更に、大工さんを取り持つことで、少しでもいい家をつくってもらいたいという、施主様の切なる思いもこめられていることは言うに及びません。
そこに便乗して悪い風習も生まれました。
『イヤーいつもご馳走してもらって・・・、んじゃ、くぎ一本よけいにぶっとぐが・・・・・。』
図面もなく管理者もいない家づくり、どんな家ができるかわからないものですから、情報が加速度的に発達した時代になってくると、このお茶だしは本来の意味よりも、後者の意味合いが強くなっていきました。そして何かトラブルが発生したとき、『あんなにお茶だししてやったのに・・・・!!!!』 という憎念まで生み出してしまったのです。
現在はそこまでのことはなくなったにしても、10時と3時のお茶出しに気を遣われる施主様も多いようです。
北澤工務店では 『お茶だし禁止のお願い』 をしています。
まず、昔と違い契約の体系が 『入り手間』 から 『請負』 に変わりました。そして、管理者がいて、図面も、仕様も、工程も事前に打ち合わせをするため、お茶のときにじっくり打ち合わせをする必要がないのです。
そして更に、誰もが忙しい現代、10時と3時にいつも家に帰らなければならない、朝と違うお茶菓子を出さなければならない・・・、そんなお茶だしのために施主様ご家族の貴重な時間を拘束するだけの意味合いがなくなった、といえるでしょう。
見習いのころ、『お茶も仕事だ』 とよく親方に言われたものですが、30分もその場にいるのは 『苦痛』 とさえ感じたものです。そんなことからも、お茶をやりたい職人はやりたいときに自分たちで持ち寄って、勝手にやることにしているのです。
しかしながら、コミニケーションとしての 『お茶だし』 を否定するものではありません。逆に職人から施主様にお茶を出している風景もよく見られますし、暑い最中にカキ氷を差し入れされたら、職人はうれしいに違いないわけです。
要は、義務役割の 『お茶だし禁止』 です。施主様と共にいい現場をつくっていきたいものです。
おさむ