ヨコハマ たそがれ 本町通り

2008年05月22日 | 日々のアブク
 先週末,久しぶりに横浜まで出掛けた。それも横浜中心部の山下町方面である。

 だいぶ以前にも記したことがあるが,私が此の地で約4年間住み暮らしたのは1980年代中頃のことで,それから既に20年以上が過ぎてしまった。まことに,光陰矢の如し,としか言いようがない。その間,世の中は良くも悪くも大きく変動したが,私自身は頭髪が徐々に白くなり脳内が徐々に萎縮してゆくのみで,ライフスタイルは基本的にチットモ変動していないようだ。徒に馬齢を重ねてきた,とでも言うしかないか。まったくもって悔い多きジンセイである。

 ま,個人的感慨は馬にでも喰わせておくことにして,その20年前に関内・尾上町の住まいを引き払ってイナカの方へと転居した後も,横浜都心には年に数回程度は出向いていたと思う。ただし,出掛ける場所はだいたい横浜駅周辺,野毛,桜木町,関内,伊勢佐木町,あるいは近年ではミナト・ミライあたりに限られ,山下町方面を訪れるのはおよそ10年振りくらいではなかろうか。要するに,今回はほとんどオノボリサン感覚での再訪であります。

 久しぶりの印象としてとにかく驚くべきは,私がよく知っている時代に比べて街全体が大変キレイになっていることだ。本町通り,とくに日本大通りよりも山下町側の本町通りの街路は昔に比べるとずいぶん様変わりしていた。以前は警友病院や電報局や海員会館や,あるいは欧米のナンタラ商会?ビルなどに代表される3~4階建てくらいの中低層の古びたビルが主体であり,それらがまた,いにしえの日活映画やヤハギ・トシヒコの物語世界などに描かれる雰囲気をかろうじて引きずっていたわけだが,現在では通りに面したビルの多くは新しく建て替えられ,あるいは大がかりに化粧直しされ,かつ全体に高層化している。といって,それは例えば地方の県庁所在地の中心街に見られるような銀行,証券,保険などの金融関連を主体としたアリキタリの高層ビルの並列した街路ではなく,何となく多国籍的な匂いのする,陰影に富んだ,ヘンテコリンな魅力のある街路を形成している。さすがに腐ってもヨコハマ,転んでもヤマシタチョウ,などという言い方は贔屓の引き倒しになるだろうか。

 私が住んでいた頃にはまだ影も形もなかった例の有名な「金ピカビル」は,巷の評判通り周囲を睥睨するようにデデーンと鎮座していた。じっと見ていると眩暈がするようだ。「マコトちゃんハウス」なんて可愛いいモンではないか。警友病院の旧ビルは廃墟の残骸のように何とかまだ残っていた。その隣では「神奈川芸術劇場」なる大きな建造物が工事中であった。どんなのが出来るのかは当方あいにく承知しないが,恐らく周囲との調和なんぞは無縁の唯我独尊的な建物になるのだろう。いや,そういった建物の方がむしろこの街路には相応しいか(いずれにしろ,オタノシミ,ということかな)。海員会館は昔の地味な佇まいとは一変,少々浮ついた感じの小綺麗でチャラチャラしたビルに変わっていた。また,クルマ屋のショールームが目立つのは相変わらずだが,各店とも一層立派でキラビヤカになったようだ。要するに,まったくもって凸凹通りの王道を歩んでいる感じがいたしました。

 そんな本町通りの街並みをキョロキョロ眺めながら,オノボリサン1名はやや足早に歩いて通り過ぎていったのである(ノンビリ歩くのはさすがに気恥ずかしい)。本町通りの先で中村川の運河に突き当たり,元町はずれの谷戸橋の交差点を左に折れて海岸通りの方へと向かった。特に行くあてがあるわけでもなく,単なる街並みの点検作業のような歩行である。20年前にもよくこんな風に意味もなく歩いていたものだった。ああ,ここの「中税務署」には心ならずも何度か通ったなぁ。「人形の家」も年相応に随分クタビレテきちゃったなぁ。あれ,確かこのあたりに「ブラウン・ジャパン本社」の粗末な社屋があったはずだが,さて何処へ消えちまったのか? などなど。

 海に開けた山下公園に沿う海岸通り一帯も,昔に比べると大変キレイになった。何しろ私が住んでいた頃は,道路の海側には貨物線の高架が延々と続いて海への視界を妨げていた時代なわけで,その高架線路を取っ払っただけで,実に風景の見通しが良くなった。海岸通りという名称に相応しい,明るい潮風の吹き渡る景観が創出された。今は亡き高秀さんの功績だろうか。そういえば,その頃まだ御健在であった「白いメリーさん」は,ふだんは伊勢佐木町界隈を根城にしていたようだったが,ごくたまに海岸通りの高架線路下などで出会うこともあった。妙に風景の一部と化していて,まるで道祖神のような存在だったなぁ。 などなど。

 時刻は黄昏どき,海岸通りを抜けてシルクセンター前のスクエアまでやってくると,週末のことゆえ,その界隈は大勢の観光客であふれ賑わっていた。これから大桟橋方面に行こうか,あるいは赤レンガ倉庫の方か,それとも山下公園にするか,みな楽しそうにウキウキ気分で右往左往しているように見えた。まるでお祭り会場のようだ。あるいはイスラム圏のスークに紛れ込んだようだ。「お客さん」の年齢や世代構成はさまざまであり,あえて欠けている層を探せば,トウの立った中年オバサンとクタビレタ中年サラリーマンくらいだろうか。 ああ,まったくもって天下の観光地ですね。

 レストラン・スカンディアのある古ぼけたビルの前では,ハイティーンの男女4名(ダブルカップル?)が,楽しそうに嬉しそうにペチャクチャ話しながら記念写真を撮っていた。そのうちの女の子一人が通りすがりの私に向かって,「すみませーん,シャッター押してくれませんか?」などと話しかけてきた。ちょっと地味で垢抜けない容姿の青少年たちだったが,若さがそれを補って余りあるくらいに皆ワクワク感,トキメキ感ではちきれそうだった。ああ,こういうのって,いいなぁ(と,出るのは溜息ばかりなり)。 言葉のイントネーションから察するに,私には何となく彼らが福島県の方から来たような気がした。それも浜通りや中通りではなく会津地方。とりあえずは《ラーメンと蔵の町・喜多方》あたりから来たワカモノ,ということにしておこう。高校三年生くらいか? あるいは,会津大学の学生さんだろうか?

 通りすがりの老人は,そんな彼らの楽しげな振るまいを眼を細めて眺めつつ,しっかりデジカメのシャッターを押してあげましたですよ。それも念のためアングルを少し変えて二度押しました(タイミング悪く目をつぶっちゃう子もいるものだから)。 たくさんの思い出を作って,たくさんのお土産を携えて,気をつけて国に帰りなさいね!
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