マルセル・ムルージの死 (ナニゴトノ不思議ナケレド)

2001年03月24日 | 歌っているのは?

 先日,インターネットでフランス共和国のサイトをいくつか巡回しているとき,ほんの偶然に,マルセル・ムルージ Marcel Mouloudjiが1994年6月14日に死んでいたことを知って少なからぬショックを受けた。それは自らの間抜けぶりに対して心底ガックリしたというよりは,何というか「歴史的必然」といったものを改めて我が身に突きつけられたような気がして思わず狼狽してしまった,といった方が当たっている。いわゆるひとつの「サウダージ」ってヤツである。あるいは,カラスの勝手でしょ,ってヤツかも知れない。それにしても,何ということだ!

 約7年前,その頃の自分は一体何をしていたのだろうか。過去の記録を少しばかり辿ってみると,1994年の春から夏にかけては北海道や秋田県や岩手県や宮城県など,おもに北国の河川のいくつかを調査して回っていた。今と違ってデスクワークよりもフィールドに出る機会の方がかなり多く,物理的,身体的に忙しい日々を過ごしていた。

 北海道の川は,道南地方の様似川という名の美しい小河川だった。札幌・新千歳空港から車で襟裳岬方面を目指して約5時間の行程。北海道の地図を思い浮かべていただきたいが,あの南に垂れ下がった「トンガリ」に向かって海沿いの国道をただひたすらに走る。途中,ハクチョウで知られるウトナイ湖を過ぎ,ペンペン草の生い茂る苫東工業団地のだだっ広い平原を抜け,アイヌコタンのある二風谷ダムの下流を過ぎ,サラブレッドのふるさと門別・新冠の牧場地帯を抜け,二十間道路桜並木の静内町を過ぎ,昆布で名高い三石や気象通報でお馴染みの浦河などを過ぎ,やがて荒涼とした海岸線に沿って奇岩が点々と屹立する風景に出くわす。それこそ「地果つるところ」といった雰囲気の土地である。

 とは申せ,そこだってアナタやワタシと同じニンゲンの住む土地なのであるからして,小さな町の中心部にはスーパーマーケットもあり,本屋もあり,床屋さんもあり薬屋さんもあり,ムサクルシイ田舎高校生なども街角にはたむろしている。同じ経済が成立し,同じ言語が交わされ,同じ文化が存在する。しかし,風土はあくまで異国なのだ。

 六月,それは北国の地にとって長い長い冬の後に訪れた春から一挙に緑溢れる賑わいの世界へとむかう実に輝かしい季節だ。川の水は清冽であくまで澄み,心から楽しげに歌うように流れる。ウキゴリというハゼ科の回遊魚がいて,春先には彼らが大挙して海から川へと遡上する。イトヨというトゲウオ科の愛らしい小魚も海から上がってくる。水辺の灌木の奥のほうには,我々になじみ深いドジョウの代わりにフクドジョウという名のややずんぐりしたドジョウの仲間が潜んでいる。アブラハヤではなく近縁のヤチウグイという魚がいる。本土とはかなり異なる動物相,ファウナ・ヤポニカ・エキゾチカ。それらとじかに触れる時間を少なからず過ごしていると思わず仕事なんぞは忘れてしまい,年甲斐もなくドキドキ・ワクワクするような幸福感で身体全体がジワーッと満たされてゆく。さよう,それは正しく根源的・原初的な意味での「幸福」といってよいと思う。未知の自然,テラ・アンコグニタを得意気に闊歩するフライ・フィッシャーだとかカヌーイストだとかいう道楽モン達のメンタリティに我知らず近づいている自分を見出して,おっとイカンイカン,お仕事お仕事!と思わず恥じ入るような次第であった。

 あれれ,余計な回想を晒してしまった。そんなわけで,当時はこれでも結構仕事関係に夢中になっており,ムルージが死んだなんてことはちっとも知るよしもなかった。情報のアンテナ,感性の羅針盤がまるで別方向を指していたわけだ。そのことは決して自らを責める理由にはならないとは思うが,今になってみればやはり「サウダージ」である。これをジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki風に申せば,

  Pour l'enfant que j'etait
  Pour l'enfant que j'ai fait

ということなのだろうか(もう遅いんだってば!) 正直なところ,当分立ち直れないかも知れない。

 ムルージの墓はパリのペール・ラシェーズ墓地にあるという。インターネットという情報のカオスは御丁寧にも彼の墓の写真まで即座に見せつけてくれる(手前に置かれた安物プランターが泣かせるじゃないの!) それが彼の地での流儀なのだろう。いかにもシンプルで美しい。畢竟,無力な川虫のごときワタクシではありますが,せめて心の中で雛罌粟の一本でも手向けたい。積年の思い入れに対するささやかなる感謝と祈りをこめて。アーメン。

 そういえば,その年の暮れにはアキラが生まれたんだっけ。そのアキラもこの春から小学一年生。人は生まれ,人は死にゆく,ナニゴトノ不思議ナケレド。

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