平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

86年の再来?

2011-03-25 18:31:14 | Weblog
 寒い日が続いています。震災の被災地は雪予報です。春の暖かさの兆しすら感じられない毎日に、1986年の暗鬱が蘇ります。

 1986年は、皐月賞トライアルのスプリングステークスが降雪で翌週に順延となり、日経賞と同じ日に開催されました。滅多にあることではないので、僕は忘れることが出来なかったのですが、忘れられない理由に当時のムードがあります。

 この当時、競馬は雨の重馬場が多く、また87年有馬記念のサクラスターオーのように、競走中の事故も多かったのです。僕は大井競馬場で、馬見たさ故の警備員のバイトをしており、バブルで浮かれる世界を生暖かく見つめている最中でした。モガミの冠号で知られる、地上げ屋の最上不動産の社長を睨みつけたのも大井競馬場でした。僕に逆らった最上不動産の転落は検索すれば分かります。

 87年というと、テレビ朝日の新春クラシックアワーが良い番組でした。フェドセーエフ指揮モスクワ放送響の演奏で、ダッタン人の踊り花のワルツがカセットテープに入っていますが、特にダッタン人の踊りは秀逸です。この放送の案内はフルートの山形由美さんでしたが、噛みながらソ連と言っているので、1991年のソ連崩壊の前だと分かります。ソ連のアフガン撤退の翌年です。

 この間、日本では昭和天皇の崩御から平成の始まり、秋篠宮さま御成婚と続きます。世界的に見ても、日本に限って見ても、激動の数年間の前触れが、天候不順で暗鬱な1986年から87年だったのです。今年は、スプリングステークスの順延(今年は初の関西開催)に象徴されるように、この暗鬱の年に似ているのです。すると、26日深夜のドバイワールドカップデーは、日本のブエナビスタもルーラーシップもダメかも知れませんね。唯一の希望は、寒い日本を離れているということです。

 1986年の日経賞はチェスナットバレーが勝ちましたが、その母方にアポッスル(Apostle)という馬名が見えます。意味は「使徒」です。バブル絶頂期で退廃していた当時の日本。さりげなく使徒が、日本の谷(Valley)を予言していたのです。チェスナット(Chestnut)も栗ですから、クリストの手が見え隠れします。

 このように、暗鬱の86年が再現されるなら、日本はまだまだ底ではありません。本当の底はこれから訪れます。しかし、当時のバブル崩壊からいち早く逃げ出した人のように、目覚めている人は神の知恵に恵まれます。

 ホタテ屋さん支援ですが、大槌町は車でなら行けそうなので、来月の早々にも下調べの先遣隊で様子見してこようと思います。東北道から遠野に出て、国道340号と県道26号で行けそうです。とりあえず、緊急に必要なものと、ノートブック+docomoのデータ通信カードを渡してくれば、その後の連絡には使えると思います。物資の支援は、それからになると思います。

 なお、ダッタン人の踊りと花のワルツは、テープの損傷で左チャンネルの音が途切れたりノイズが出ます。パソコンのライン入力のボリュームが効かず、そのために録音レベルも低いのですが、それでも最高の演奏であることは十分に伝わると思います。

      エフライム工房 平御幸
コメント
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