競馬は短い時間の中に人生を凝縮して見せているようだと言われますが、経済という分野では韓国がそれに近い展開を示します。日本が歩んだバブル崩壊ですが、韓国は日本よりもずっと短いスパンで起こしています。また、前回の金融崩壊からたった十年で同じ事を繰り返すのですから、経済学を教える教授には良い教材となるのではないでしょうか。1年半で株と不動産の爆揚げとバブル崩壊、それに為替の高騰と暴落。端(はた)から見ていて、こんなに面白い国はありません。
韓国経済の基盤が弱いのは、日本からパクルばかりで独自の技術がない事、サムスンやヒュンダイと言った輸出企業の財閥優遇で、国内価格に海外でのダンピング価格が上乗せされている事、それに外資が逃げ出すほど法整備が遅れている事、などが上げられています。しかし一番の問題は、日本の得意分野を犯す事でシェアを獲得するため、日本から生産設備・部品と特許を大量に購入する体質にあります。これは、自国の中小企業を育成してこなかったツケでもあるのです。このような韓国というか朝鮮人の体質ですが、僕は予備校の時に被害者として経験済みなのです。要するに、技術を盗むベンチマーキングをされたのです。
僕は高校時代に美術部にいた訳ではありませんから、浪人の1年目は苦労しました。何も知らない世界に飛び込んだからです。しかし僕は、創意工夫の権化でもありますから、先生の教える事をこなすだけでなく、早くから独自の技術開発を加えていたのです。日本画の逆遠近法を応用して、遠くにある物ほど刻明に描く等価逆遠近法もその一つです。
このような独自技術に対して、先生はプライドがありますから何も聞いてきません。聞いてくるのはベンチマーキングで手っ取り早く技術を獲得しようという男だけです。そしてこの男の特徴が、女癖が悪い、ホラ吹き、尊大、風俗好き、という某人種そのものだったのです。当時の僕は嫌韓ではありませんでしたから、へいこらという態度で問われると惜し気もなく教えていました。それで彼は、その年には芸大日本画の最終まで残ったのです。そうしたら、態度が一変して予備校で親分気取り。その年に落ちたら、今度は京都に行って、向こうの研究所荒らしをしたのです。京都や大阪は正しいデッサンを教える研究所が皆無で、僕が教えた生徒は「他の研究所の生徒が馬鹿に見える」と豪語するほどレベル差があったのです。
さて、デッサンというものは、極めて科学的、あるいは論理的な思索により到達できる、審美的な方法論なのです。デッサン論という体系構築が可能なのです。そのデッサン力で有名なピカソはIQが極めて高かったのですが、僕の場合でも瞬間的なIQは200を超えるのです。瞬間的というのは、極度に集中した状態でのピーク値の事で、図形などのIQテストで一番難しいのを瞬時に解く事が可能な状態を言います。このピーク状態で描いたデッサンの場合、35年前の感覚が脳裏と手先に未だに残っている程なのです。ですから、十年程度の間は絵を描かなくても、技術が衰えるという事はないのです。視力は衰えますが。
IQテストですが、上限が設定されていないのが問題なのです。平均点が125前後の東大並み(あるいはそれ以下)の人でも、本当に大事なのは想像を絶するピーク値なのです。これが高い人が天才なのです。分かりやすく説明すると、ある事に集中していると、別の事が出来なくなる経験は誰でも有しているはずです。この集中状態でIQテストを出されても反応できません。IQテストで好スコアを出そうとするなら、心理面も含めて試験に適した集中度が必要なのです。また、今の試験方法ではピーク値は計測不可能なのです。ですから、個人の絶対能力はIQテストでは計る事が出来ないのです。日本人は、このピーク性のIQが極めて高い民族で、ここからあるゆるサブカルチャーも創造されてきたのだと思います。
今の日本の教育は、日教組(共産主義)の"出る杭を打って天才を潰す"という逆差別政策です。平等という名の下に、平均的な生徒を生産して天才を葬る事により、反日国家(中国・米民主党)の意向に添う形で日本の国力を削いでいるのです。しかしながら、そのような酷い状況でも日本は天才を各分野で排出し続けているのですから、本当に天才教育を始めたらどれだけ優秀な人材が集まるか分かりません。日本人の底力は大変なものがあるのです。これを読んでいるあなたの子供が、もしかしたら天才予備軍かもしれませんよ。
エフライム工房 平御幸
韓国経済の基盤が弱いのは、日本からパクルばかりで独自の技術がない事、サムスンやヒュンダイと言った輸出企業の財閥優遇で、国内価格に海外でのダンピング価格が上乗せされている事、それに外資が逃げ出すほど法整備が遅れている事、などが上げられています。しかし一番の問題は、日本の得意分野を犯す事でシェアを獲得するため、日本から生産設備・部品と特許を大量に購入する体質にあります。これは、自国の中小企業を育成してこなかったツケでもあるのです。このような韓国というか朝鮮人の体質ですが、僕は予備校の時に被害者として経験済みなのです。要するに、技術を盗むベンチマーキングをされたのです。
僕は高校時代に美術部にいた訳ではありませんから、浪人の1年目は苦労しました。何も知らない世界に飛び込んだからです。しかし僕は、創意工夫の権化でもありますから、先生の教える事をこなすだけでなく、早くから独自の技術開発を加えていたのです。日本画の逆遠近法を応用して、遠くにある物ほど刻明に描く等価逆遠近法もその一つです。
このような独自技術に対して、先生はプライドがありますから何も聞いてきません。聞いてくるのはベンチマーキングで手っ取り早く技術を獲得しようという男だけです。そしてこの男の特徴が、女癖が悪い、ホラ吹き、尊大、風俗好き、という某人種そのものだったのです。当時の僕は嫌韓ではありませんでしたから、へいこらという態度で問われると惜し気もなく教えていました。それで彼は、その年には芸大日本画の最終まで残ったのです。そうしたら、態度が一変して予備校で親分気取り。その年に落ちたら、今度は京都に行って、向こうの研究所荒らしをしたのです。京都や大阪は正しいデッサンを教える研究所が皆無で、僕が教えた生徒は「他の研究所の生徒が馬鹿に見える」と豪語するほどレベル差があったのです。
さて、デッサンというものは、極めて科学的、あるいは論理的な思索により到達できる、審美的な方法論なのです。デッサン論という体系構築が可能なのです。そのデッサン力で有名なピカソはIQが極めて高かったのですが、僕の場合でも瞬間的なIQは200を超えるのです。瞬間的というのは、極度に集中した状態でのピーク値の事で、図形などのIQテストで一番難しいのを瞬時に解く事が可能な状態を言います。このピーク状態で描いたデッサンの場合、35年前の感覚が脳裏と手先に未だに残っている程なのです。ですから、十年程度の間は絵を描かなくても、技術が衰えるという事はないのです。視力は衰えますが。
IQテストですが、上限が設定されていないのが問題なのです。平均点が125前後の東大並み(あるいはそれ以下)の人でも、本当に大事なのは想像を絶するピーク値なのです。これが高い人が天才なのです。分かりやすく説明すると、ある事に集中していると、別の事が出来なくなる経験は誰でも有しているはずです。この集中状態でIQテストを出されても反応できません。IQテストで好スコアを出そうとするなら、心理面も含めて試験に適した集中度が必要なのです。また、今の試験方法ではピーク値は計測不可能なのです。ですから、個人の絶対能力はIQテストでは計る事が出来ないのです。日本人は、このピーク性のIQが極めて高い民族で、ここからあるゆるサブカルチャーも創造されてきたのだと思います。
今の日本の教育は、日教組(共産主義)の"出る杭を打って天才を潰す"という逆差別政策です。平等という名の下に、平均的な生徒を生産して天才を葬る事により、反日国家(中国・米民主党)の意向に添う形で日本の国力を削いでいるのです。しかしながら、そのような酷い状況でも日本は天才を各分野で排出し続けているのですから、本当に天才教育を始めたらどれだけ優秀な人材が集まるか分かりません。日本人の底力は大変なものがあるのです。これを読んでいるあなたの子供が、もしかしたら天才予備軍かもしれませんよ。
エフライム工房 平御幸
嫌韓と言うのは、余り響きの良い言葉ではないですが
、「体質」「考え方」「スタイル」はその国の文化
としてDNAに深く刻み込まれています。
そう簡単には、矯正できませんね・・
先ず、それを踏まえた上で相互に「理解」し合わない
とダメですね。
此処は日本ですから、神は日本文化に軍配を上げるの
も当然と思われます。
日本の天才、例え一般が評価しなくても「神」の評価
はあるでしょう・・
技術はある程度は真似できても、精神は真似できません。韓国は芸術不毛の地ですが、文化を育むという国家の基本的な精神が欠如しているのです。
人間も芸術も建築も、基本が一番大事です。基本を失った相撲界が瓦解したように、何千年掛けて花開いた文化が一夜にして崩壊するのです。古代から連綿と文化を維持してきた日本は、本当の意味で精神性に満ちていたのです。成り上がり国家のアメリカは、やがてそれに気が付くでしょう。
アメリカが日本に飲み込まれる時、それは意外に早いかもしれません。しかし、今の日本はまだ、アメリカを乗り越えるための課題が山積です。オリンピックやワールドカップで、日本はアメリカの壁に何度も跳ね返されてきました。アメリカから学ばなくてはならないものとは何でしょうかね?
「良いモノはいい」「悪いモノはダメ」
論理で説明してあげれば、「イエス」「ノー」が、は
っきりする文化ですから。
「合理性」「単純明快」
それと国旗ですね。太陽の恵みに対する感謝の念を表現した国旗というのは、他に例がありません。しかも他国の国旗の場合、うっかり逆に表示したら国の不吉な運命を意味するなどと、大変な騒ぎにもなりますが、日章旗にはそういう心配がありません。つまり、何が起ころうと、決してひっくり返ることがない国なのです。逆にお隣の国旗は、風水学的にはかなり不吉なデザインとか。
それと、これはある大学生の話ですが、本人の前世はナチに殺されたユダヤ人で、「次は素晴らしい国に生まれ変わって、そこで平和に暮らせるから、どうか安心して」と、あの世で目の前に現れた美しい女性から言われたそうです。ただし、この国に生まれても、福岡で母親に殺された小学生の家族のように、創価学会みたいな冒涜集団に魂を売り渡してしまったらオシマイですが。
少なくとも、韓国人に生まれることは罰ゲームを意味する、という言葉は本当かもしれませんね。前世を背負って生きることが、紛れもない事実であるならば。
福岡の小学生殺害の母親は創価学会ですか?人相が典型的な学会員の顔をしていたので、もしかしたらと思っていたのですが、忙しくて調べていませんでした。
学会員の大半は目が小さいですから→浜四津敏子。これは、真理が見えないという神の印です。僕は目が大きいと言われますが、ピカソも目が大きいです。芸術家は大きな目が必需なのです。
それから前世の話ですが、こういう話をする人間に、自分の前世は殺人者だというのを聞いたことがありません。現実逃避の手段として、都合良く解釈しているだけでしょうね。自分の前世が自分の祖父で殺人者だという事すら設立する論理は、明らかな破綻しています。前世を持ち出す人はスルーが基本です。
ご返事、ありがとうございます。福岡の件について補足ですが、このところ学会のウザイ中吊り広告ばかりが目立つ電車の中で見つけた、某週刊誌の記事の見出しから得た情報です。三代も続いている熱心な信者さんだそうですよ。
彼女のお子さんが患っていた病気ですが、これは食生活を変えるだけで、いくらでも治せる程度の病気です。何も将来を悲観して殺すことも無かったろうに、とは思っていましたが、あの学会に汚されまくっていたのでは救われる筈も無い、と妙に納得してしまいました。本当に悪質というか、罪深き団体ですね。
日本人の脳と聞いて、以前テレビで見たことを思い出しました。
虫の音を「心地よい」とか「癒される」と感じるのは日本人だけのようですね。
洋の東西を問わず、外国の人は虫の音を「わずらわしい」「雑音」としか思わないそうです。
虫の音を聞いているときの脳の状態を検査すると、外国の人達は右脳が活発に働くのに対し、日本人は左脳がよく活動するのです。もしかして日本人は虫の音を言語として聞いているのかしらん。
ひとくちに感性の差とは言っても実際に映像で見ると、言葉や文化の違いが脳の活動にも大きな違いを生むことが良く判りました。
創価学会は、アメリカのリーマンの破綻などで多額の損失を出したという噂があります。今回の改造内閣でも国土交通省ポストを明け渡しましたから、軍資金が枯渇してきていると思います。野球のソフトバンクも最下位転落ですから、流れが完全に変わったと思います。
渚さんこんにちは。
白人の感想として、日本語を音楽のように感じるという話題がありました。訓読みの意味は言葉が川のように流れるですから、確かに音楽的な要素を満たしています。虫の声、風の音、川の流れ、海の潮騒。こういう自然の音を楽しむ感性は日本人の長所だと思います。それが優れた芸術を生み出した原動力ですね。
日本人は、自分では平凡だと思っている人でも、発掘すれば優れた感性を発揮する人が潜在的に眠っています。掲示板を観察すると、そういう才能を感じさせる書き込みも結構ありますね。そろそろ眠っている日本人を叩き起こす必要があるかもしれません。うちの弟子もそうですが…。
いですね。
多分、他人(信者)の前世を云々出来る立場
じゃないと思います(笑)
そう言う人に限って、「現世の御利益」ばかり追求
することに汲々としています・・可哀相なくらいで
す。
整形した女性が、「天然美人」を扱き下ろすのに
似ています。(何故か整形女は、天然美人を敵外視
するのです)
日教組といえば、中山国交相が「日教組はガンだ」という発言をして、物議をかもしています。
私は、この発言は極めて正論だと思うのですが
マスコミや野党あたりがもう鬼の首をとったように大騒ぎをして麻生総理に罷免要求を出していますね。
この国は言論の自由は保障されているはずなのですが、いったいどうなっているのでしょうか?
中山さんご本人は辞任の方向で意思を固められているようですが、なぜこの時期に閣僚の立場で発言されたのか、問題視されるのは百も承知のはずなのですが・・・
私としてはどんなに非難されようと閣内にとどまり、がんばってほしかったのですが。