25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

戦争および加賀まりこ

2015年08月16日 | 日記
また「戦争」の、特に「玉音放送」についてである。何度この放送をこれまで聞いたことか。僕には意味が全くわからない、というしかない。しかも一度切りである。普通の日本語で「戦争は終わった。戦闘を停止せよ」となぜ分かりやすく人々に言わなかったのか、僕にはわからない。あの玉音放送を聴いたとき、「何をいってるのかわからん」と怒って言う人はいなかったのだろうか。
本土決戦を唱える人達もいたという。彼らに広島や長崎の爆弾にことが伝わっていたのだろうか。
それにしても、なぜ、ーあれほどまでに分かりにくい日本語で「ポツダム宣言の受諾」を言ったのだろうか。そのために、どれだけの人が敗戦を信じず、抵抗をしたことか。そして北からはソビエトが樺太を占領し、北海道をうかがっていた。日本の陸軍も海軍も、ぐずぐずした。しかしアメリカからしてみればソビエトの進軍は憂慮すべきことであった。

このことは戦後70年においても、ぐずぐずした、あいまいな日本および日本人を象徴している。
このバカバカしさを僕らは学ばなくてはならない。
もうひとつものすごいバカバカしさがある。空襲などで命を落とした民間人に、戦後何の補償もなかったことである。軍人として死ねば、残った家族は補償金をもらえた。空爆で死んだ100万人以上の人には、今になってもなお、政府は知らんふりである。
これもまた、戦争の総括をしていない結果のことである。
全部片付けてしまえ、と叫びたくなってくる。

ところで、今「加賀まりこ」への関口宏のインタビューをテレビでしている。どちらも72歳だそうである。加賀まりこの両親は、世間体を気にせず生きろ、とよくいったらしい。ああ、こんな家族もいたんだ、と思う。今この人たちは昔ばなしだけでなく、この社会をどう思っているのだろうかと思う。ずっと見ているが、なんだか昔ばなしばかりである。「加賀まりこ」と言えば僕は「泥の河」を思い出す。船を家にした少年の母親役で、娼婦のようなことをしていた。彼女は今、「純情に生きた」と言う。それはなにを意味するのかわかりにくい。「個性的に生きた」ということを含むのか、女優として純粋に生きた」という意味なのか、わかりにくい。 女優というのは比喩的な存在なのかもしれない、と思ったのだった。