25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

憲法

2017年05月07日 | 日記

 憲法関連で、ついにNHKが日本会議に言及した。この日本会議を実質支え、リードしているのが日本背年会議である。青年でなんでもない。ただ団塊世代だというだけだ。中心メンバーは谷口雅春の哲学を尊崇する元生長の家原理主義者たちである。この人たちは現政権の中枢に、入り込み、首相補佐官をやっている。彼らは今、元生長の家の政治活動を続け、現生長の家は政治活動からは遠ざかり、むしろ安部政権を批判する宗教団体になっている。谷口雅春の言葉を尊崇し、親が信者であった当時の右派学生は長崎大学で学生自治会を制したのだった。この出来事は九州一円、四国にも、全国大学に飛び火した。

 僕が大学一年生の11月、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で、自衛隊員に向かって演説した。自衛隊員はその演説をやじり、三島を相手にしなかった。三島も谷口雅春を慕っていた。母から三島を奪った祖母は谷口の著書を枕頭においていた環境で育ったのである。三島が主宰する楯の会のメンバーも多くは生長の家原理主義若者だった。

 彼らは何を熱望しているか。まず、大権をもつ天皇の復権である。国民主権ではない。天皇主権である。つぎに重要なことは家族の絆である。現代家族への違和感である。次に天皇に忠心することである。そうすると憲法う改正しなければならない。また国防軍をもつことである。

 日本会議は宗教団体、学者、文化人を取り込み、百田直樹のように、朝日新聞や琉球の新聞を目の敵にする。

 不思議なのは天皇を世界一の支配者といいながら、天皇は靖国神社にいかないことだ。靖国神社は日本会議のメンバーであるにかかわらず。

 また歴史的にも天皇が平和を願い、たらたらして進まない憲法審議会に、マッカーサーが危機感を抱いて、平和を祈る天皇を南北各国が戦争責任を追及したことから救ったことだ。マッカーサーがいなければ谷口も、どんな右派も天皇を救えなかった。だから僕には日本会議などちゃんちゃらおかしいと思うのだ。でも社会党浅沼委員長を殺したの当時生長の家の若者であった。だから右派というのは気持ち悪いのである。何されるかわからない。

 この気持ち悪さが言論の自由を萎縮させているのが日本だ。

 地道な右派の草の根運動が、50年経って、政権の中枢を構成している。

 明治憲法にもどすなんて、訳がわからない。アナクロ過ぎる。憲法は権力を縛るものであって国民を縛るものではない。

 自民党の憲法草案などわけわからん。押し付けられた憲法などと言う人がいる。しかこの憲法には議会も、首相も天皇賛成したのだった。国民の多くも歓迎したのだった。もう二度と戦争いやだとおもったはずである。

 アメリカから押し付けられた憲法。だから自主憲法と叫ぶ。ぼくなどはだれが作ろうがぼくらにとってよい憲法がよい。ぼくらにとってよい政府がよいということだ。