25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

尾鷲市

2017年05月08日 | 社会・経済・政治

 尾鷲は近い将来、みじめなものになる。尾鷲社会を支える人材がいない。それは介護や看護に影響する。働く場所がないから、どうしようない。それに先見性のない市長や議員達。発想が古く、漫然とどの業界にも気を使っているよう見える。

 地場産業を叫ぶ。ところが地場産業は衰退一方をたどる。四次産業には理解する能力がない。

 次期市長がどんな考えをみっているか興味がある。今度市庁こそ尾鷲市の行く末を決める。

 ぼくは人口が増え、経済が活発になればよいと言っているわけではない。

 どこでも乗れて、どこで降りられるミニバスがあるとか、旬の野菜や魚を売る場所があるとか、荒れ地が市民に開放されるかとか、人口1万八千人で豊かに暮らしていける案だすかである。相変わらず地場産業振興だの、公共工事誘致だの、そんな発想を続けていたらダメだということだ。

  民間企業の育て方はいくらでもあるものだ。現代は潮目なのだ。個人で、グループでいくらでも企業できる。その経験がないものに、新規の発想が生まれるはずもないから想像力を駆使するしかない。その想像力とは何かがわからないようでは政治家として話にもならない。

 その意味で、多くの政治家候補者が立候補するのはよい現象である。これまでの常識ではほとんど死に体の尾鷲市である。価値観を変えれば、より安穏とした尾鷲市も想像できる。最低限必要な物は何か。そこを考えれば、人口1万人とて大丈夫である。