実直で、優しそうな写真である。
シャープな眼差しである。
植物が大好きで、花の名前も良く知っていた・・・夫人のお話である。
小さな生き物に注がれた視線は、暖かかったに違いない。
今日は、夏の句を紹介する。
實俳句
「墨絵その色彩との会話」
Ⅱ 夏 大けやき
一瞬の光残して青蜥蜴 實
青蜥蜴、ぼくは爬虫類を読むのは苦手だけれど、實さんは金属的な光を帯びた青蜥蜴の背を見ているのだ。
石壁かあるいは土塀に溶け入るように消えた青蜥蜴の色が印象深かったのだろう。
一瞬の事であったけれど、記憶の中に残されたのは光である。
その光は青である。
声までも若やぎみせて藍浴衣 實
藍浴衣。
きっと奥さんの浴衣姿なのだろう。
藍浴衣を着た妻は、声までも若やいでいる。
嗚呼、この妻で良かった!そう感慨に耽っている。
藍色と妻の肌が溶け入るように優しい。
安らぐ時間である。
旅帰り肥えいし茄子の艶をもぐ 實
きっと、夫人と共に数日間旅に出ていたのだろう。
出かけるときは、小さな実だったのに、帰宅してみると大きくなっている。
大きくなって、茄子紺の色も鮮やかである。
ほっておいてすまん!そう言葉をかけながら肥えてしまった茄子を捥ぐ夫婦の姿が浮かんでくるではないか。
湿生花園傘の花咲く青嵐 實
湿生花園、箱根であろう。
秦野からもそれほどの遠出ではない。
水生植物が木道の両脇に植栽されている。
静かな場所である。
湿生花園からは、芒原が望見できる。
散策をしていると俄かに緑雨があった。
途端に傘の花が開いて、あたかも湿生花園に彩り豊かな花が咲いたようであった。
羅で女ざかりをつつみけり 實
うすもの・・・。その着物に袖を通した女一人。
それは誰であろうか?女ざかりと云う實さん。
奥さんへの追想であろうか、はたまた通りすがりの女であろうか。
薄い皮脂を纏った、朧たけた女である。
触れれば、フッと吸い込まれそうなほど艶やかな肌である。
焦点をバラに取られて写さるる 實
この薔薇は何色だったのだろうか?
カメラのピントがどうしても被写体に合わない。
それほどのインパクトのある薔薇。
あるいは、淡い色の薔薇とも読める。
やはり赤色だったのだろうか。
それとも、遺句集の写真の背景に咲く紫系の薔薇だろうか?
きっと若かったころ情熱を注ぎ込んだ奥さんとの追憶の赤だったのだと思う。
病葉の落ちて一つの音を聞く 實
病葉が落ちて、静かな音を立てる。
静謐で寂しい感性である。
きっと、病葉に自分を投影させて詠まれたのだろうと推し測る。
病葉が落ちたとて、音が聞こえる訳もないけれど實さんには確かに聞こえたのだ。
緑の葉、繊細な葉脈。健康な葉を、茶色に蝕んだ虫の仕業を憎むと云うよりも愛おしんでいる。
實さんの包容力のある視点が感じられる句である。
荒 野人