自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆見栄あり母心あり

2006年06月22日 | ⇒ランダム書評

  北陸・石川県は四季を通して食材の宝庫でもある。飲んで食べてさまざな話題が弾むのだが、実は人間模様もその食には投影される。きょう打ち合わせ先でふと手にした「いしかわ食の川柳入選集」(社団法人石川県食品協会刊)が面白い。川柳に映す家族の情景である。

  北陸といえば冬の味覚、カニである。冬のシーズン、金沢の近江町市場では観光客がよく手にぶら提げる姿を目にする。「加賀の旅帰りはカニと手をつなぎ」(三重・男性)。太平洋側の人にとっては日本海のカニは珍味でもある。それを持って帰宅するのだが、「手をつなぎ」でニコニコと連れて帰ってきたという雰囲気、そしてどこか誇らしげな雰囲気が伝わる。

  もう一つカニの句を。「香箱の卵をねらう父の箸」(金沢・男子高校生)。金沢ではズワイガニのメスを香箱(こうばこ)ガニという。金沢人には身がつまって小ぶりの香箱ガニを好む人が多い。何より、高くても1匹1000円前後でオスのズワイガニより格段に安い。そしてその卵は酒のサカナである。家族の食卓で、晩酌の父親の箸が妙に小まめに動くのが気になる。そんな家族の光景である。

   もう一つの冬の味覚は「かぶら寿し」だろう。青カブにブリの切り身をはさんで漬け込む。ただ、漬かり具合でカブの部分がまだ硬かったりする。でもそれは食べてみなければ分からない。そこで「かぶらずし入れ歯の意地の見せどころ」(金沢・女性)。少々硬くても食べなければ、金沢を冬を食べたことにはならない。何しろかぶら寿しは料亭ものだと1枚1000円もするのである。そして、食べた感想がご近所の女性同士のあいさつにもなる。「暖冬のせいか、(かぶら寿しは)あんまりいいがに漬かっとらんね」といった具合である。高根の花のかぶら寿しをもう食べたという見栄の裏返しと言えなくもない…。一方、男は単純だ。「かぶら寿し九谷に盛って炬燵酒」(鳥取・男性)。とっておきの九谷焼の皿に盛るかぶら寿しはそれだけで最高の贅沢ではある。こたつに入って辛口の吟醸酒でも飲めば、天下人になったような気持ちにもなる。これは男の妄想である。

  さらに、「からすみを高価と知らず丸かじり」(金沢・女子高校生)。からすみはボラやサワラなどの卵巣を塩漬けにした高級珍味。これをがぶりと食べるのは若気のいたりである。

  最後に、「芝寿しを土産に持たす母が居る」(松任・男性)。これは石川の多くの人が経験していることだろう。帰省した息子や娘がUターンする際、母親が「小腹すいたら食べて」と持たすのがこの芝寿しなのである。寿しネタを笹の葉でくるんだ押し寿しで、地元では本来、笹寿しと呼ぶ。これを手土産に持たせる。母心がにじみ出る、しばし別れの光景でもある。

  ところで、この芝寿しは金沢市にある笹ずしの食品メーカーの社名である。もともと東芝系列の街の電気屋さんだった。電機炊飯器を売るために、「笹寿しもおいしくつくれます」と実演して見せた。この笹寿しが人気を呼んで業種転換した。そして社名に東芝の「芝」を一つをつけて「(株)芝寿し」とした。いまでは社名が笹寿しの代名詞のようになった。甘系の酢の利いた押し寿司である。

⇒22日(木)夜・金沢の天気  雨     

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする