能登半島の先端にある珠洲市。人口は現在1万7700人、65歳以上の最高齢者率は40%を超えた過疎・高齢化の自治体だ。ここでいま注目を集めているのが、ことし7月24日に全国に先駆けて地上テレビのアナログ波を止めて、デジタル放送へ完全移行するということだ。
「里の力」と「地デジ」
夜、能登の農山漁村。玄関の明かりは消えているが、奥の居間でテレビ画面だけがホタルの光りように揺らいでいる家々がある。高齢者の節約は徹底していて、家の明かりをすべて消してテレビだけをつけている。お年寄りにとってテレビは単に寂しさを紛らわせるためだけの存在ではない。喜怒哀楽を織り交ぜながら情報を与えてくれる友なのだ。総務省が2009年度にアナログ停波のリハーサル事業を予算計上しているとの情報を得て、同市は真っ先に手を挙げた。現在、45歳の市長は「2011年7月24日の地デジ完全移行になってお年寄りが困らないように、早めに準備しておきたいという気持ちだった」と言う。
もともと能登半島は「スイッチを入れればテレビが映る」という状態にはない。北風によるアンテナの倒壊や塩害、山間地による難視聴などさまざまな問題がある。そこへ、今回の地デジである。同市内36地区の区長たちが中心となって、地デジの説明会を開き、地デジ未対応世帯に3800台の簡易チューナーが貸与された。さらに、地区によっては、従来の辺地共聴施設からケーブルテレビへの移行した。また、地デジをアンテナで受信できる世帯とできない世帯が混在する半島最先端の地区は、廃止予定のミニサテの対象地域であることから、区長たちが個別訪問してケーブルテレビへの加入を働きかけた。地デジの普及は個々の家庭だと思われがちだが、もっとも小さなコミュニティー単位、たとえば町内会や集落である。ここが地デジに向けて動かなければ、独居老人宅の地デジ対応や共聴施設のケーブル加入問題などは解決しない。つまり、「地デジ100%移行」は難しいのだ。地デジの現場はここにある。
本題に入る。行政の指導で地域が積極的に動いたのだろうか。アナログ停波リハーサルに手を挙げ、音頭を取ったのは確かに行政だが、地デジに対して地域がまとまったのは、実は「里の力」(=コミュニティーの強さ)があったからだと考えている。この里の力は祭りのパワーに象徴される。毎年秋になると能登各地の数十世帯の集落で、収穫に感謝して高さ10㍍ほどの奉灯キリコを出す。鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らしながら、このキリコを老いも若きもみんなで担ぎ上げて集落を練る=写真=。この祭りの日には都会に出た若者も帰ってくる。連綿と続いてきた伝統行事である。祭りが人と人の絆(きずな)を紡いでいる。この集落のまとまりのよさが、今回のアナログ停波リハーサルの対応でも発揮されたと思っている。
そこから見えてくるのは、アナログ停波でむしろネックになるのは人と人の関係性が希薄な都市部ではないのかということだ。集合住宅や受信障害の対策エリアなど複雑な問題解決にリーダーシップを発揮する人々が問題の数だけいるのか、近所の独居老人とは日ごろ誰がコミュニケーションを取っているのか、海外からの移住者はどうか。新たなテレビ文明への移行過程で試されているのはむしろ都会の「里の力」ではないのだろうか。
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