自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆イフガオ再訪-4

2013年11月28日 | ⇒トピック往来
  ここで、イフガオに移出しようとしている、金沢大学の能登プログラムについて説明しておきたい。2011年6月、能登半島の農林水産業や関連する祭りなど伝統文化が『能登の里山里海』として国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS=Globally Important Agricultural Heritage Systems)に認定された。その中で、地域コミュニティーを持続的に維持する仕組み、あるいは自然の恵みに感謝する農林漁業とその文化が高く評価されている。同じ国連の機関であるユネスコが登録する世界遺産との違いは、ユネスコは遺跡や土地といった不動産であるのに対し、GIAHSは伝統的な農業の仕組み(システム)、つまり無形文化遺産なのだ。

 イフガオに移出する能登里山マイスター養成プログラム

  GIAHSに認定されたものの、現実問題として、能登は過疎・高齢化が進行している。特に、年代別の人口統計を見ても、20代、30代の若者が極端に少ない。能登の魅力や価値を再発見し、若い人たちが能登に住んでみたい、ビジネスを創造したい、そのようなことを学ぶ場として、金沢大学と能登の4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)が連携して「能登里山里海マイスター」育成プログラムに取り組んでいる。

  スタートは2007年10月。文部科学省から予算を得て、「能登里山マイスター」養成プログラムを始めた。石川県珠洲市に廃校となった学校施設を借り受け、「能登学舎」として拠点化した。45歳以下の男女を対象とし、里山里海の豊かな自然資源を活かし、能登の地域課題に取り組む人材、自然と共生し持続可能な地域社会モデルを世界に発信する人材など、この地域の次世代のリーダーを育成した。国の助成金が終わる2012年3月までの4年6ヵ月間で、62人の「能登里山マイスター」を輩出した。これがフェーズ1。

  フェーズ2が始まったのは2012年10月。今度は国の助成に関係なく、金沢大学と地域自治体(石川県、輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)が共同出資して運営する「能登里山里海マイスター」育成プログラムをスタートさせた。これまで2年間のカリキュラムだったものを、今度は1年間のカリキュラム、月2回の集中講義に濃縮させ、3年間で60人の「マイスター」を養成を目指している。博士研究員ら5人を能登に常駐させ、受講生に基礎科目(講義や実習)と実践科目(ゼミナール)を指導している。修了要件は、基礎科目7割の出席と実践科目での卒業論文等の審査の可否となる。フェーズ2では新たなテーマとして、能登の世界発信プログラムも始まっている。ことし9月に1期の修了生は22人を輩出、10月には40人余りの新たな受講生を迎えた=写真・下=。フェーズ1と2でこれまで84人の「マイスター」を育成したことになる。

  では、どのような人材が活躍しているのか紹介したい。フェーズ1で学んだA氏(七尾市在住)は、企業参入における農業経営の課題について学んだ。勤務する水産加工会社が農業部門に参入、2012年に独立した農業法人会社では統括を担当している。耕作放棄地の再生農地を活用して約26haを経営、現在能登半島で100haを目指している。B氏(珠洲市在住)は、能登地域の製炭業(炭焼き)の希少な担い手で、付加価値の高い茶道用炭の産地化に取り組んでいる。平成22年度地域づくり総務大臣表彰(個人表彰)、若者の地域活動を顕彰する「2011いしかわTOYP大賞(金沢青年会議所)」を受賞するなど地域リーダーとして注目されている。行政マンのC氏(宝達志水町在住)は、オムライスの考案者が町出身者であったことをヒントに「オムライスの郷」構想を課題論文で練り上げ、現在、それを地域振興の目玉として実践している。女性では、Dさん(輪島市在住)がいる。家族で能登に移住したデザイナー。地元住民とともに土地の自然と文化を学ぶ「場」の創出を課題論文とし、修了後は、自らが媒介者となって人と人をつなぐこと、地域を「出会いの場」として創り出すことに貢献している。その仲間は50人余りに広がっている。

  ビジネスから地域起こし運動まで、自らが置かれた能登という「場」で新たな取り組みを始める人材が育っている。イフガオでは、「イフガオ里山マイスター養成プログラム」を来年から実施する。地域の自然環境や伝統文化の価値、2000年継がれてきた農業技術の価値を見直し、耕作放棄地が広がったイフガオ棚田に新風を吹き込むことができるのか、身震いするほどの壮大なテーマではある。28日夜、イフガオ州立大学のゲストハウスに到着した。

⇒28日(木)夜・イフガオの天気    あめ  
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★イフガオ再訪-3

2013年11月27日 | ⇒トピック往来
マカティ市にある国連食糧農業機関(FAO)フィリピン事務所所長補のアリステオ・ポルツガル(Aristeo A.Portugal)氏=写真・中央=を訪ね、今回のプロジェクトの代表、中村浩二金沢大学特任教授がJICA草の根技術協力の経緯を説明した。ことし5月に能登半島で開催されたFAO主催のGIAHS国際フォーラム(閣僚級会議)の「能登コミュニケ」で、先進国と途上国のGIAHSサイトの交流が盛り込まれ、それに基づいて前向きに取り組んでいると述べた。ポルツガル氏は、GIAHSでは農業における生物多様性や景観の維持、伝統文化の継承などが柱となっているので、ぜひ金沢大学とフィリピン大学が協力してイフガオの若者たちの人材育成に取り組んでほしい、と期待を込めた。

        イフガオ棚田のスノボードで滑走することの意味、

    
 話の中で話題になったことを2つ。ポルツガル氏が「こんな動画がユーチュ-ブで話題になっているのを知ってるかい」と、タブレットで見せてくれたのは、欧米人と見られる若者がイフガオの棚田をスノーボードで滑り下りるという映像だった。すでに99万アクセスもある。ポルツガル氏は「こんなことでイフガオが話題になっても、地域にとってはどのようなメリットがあるかね」といぶかった。私自身、最初にこの動画を見たときは、少々驚いた。山の頂上の細長い棚田をまるで海上のように滑る。意外性を演出したものだ。ただ、後でだんだんと腹が立ってきた。「無神経な若者の冒険」と。

 今回の訪問に同行し、自身もイフガオ出身のフィリピン大学教授のシルバノ・マヒオ(Sylvano D. Mahiwo)氏もこう言った。「バチカンの大聖堂の屋根をスケートボードで滑走するようなもの。本人はやったという気になるかも知れないが、カトリック信者は拍手しますかね」と。2000年コメ作りを行ってきたイフガオの民にとって、田んぼは「聖地」なのだ。動画作成に協力した地元民もいたのだろうが、多くの人は不信感を持っているに違いない。「イフガオの田んぼの文化価値を知らなさすぎる」(マヒオ氏)

 もう一つ出た話が、ABS(遺伝資源へのアクセスと利益の公正な配分)だ。フィリピンのタガログ語で「花の中の花」の呼び名で知られる「イラン イラン」。「シャネルの5番」でも知られる香水は、バンレイシ科のイランイランの木の花の精油でつくられる。原料である花の産出国、そして由来の名前などがタガログ語であるものの、「フィリピンでは恩恵は感じられない」。ABSに関しては、国連生物多様性条約第10回締約国会議も論争があったように、例えば資源利用国(主にEU、日本などの先進国)のバイオ企業が遺伝資源へのアクセスにより儲けた利益を資源提供国(発展途上国)に適切に還元すべきである、との資源提供国側の主張により盛り込まれた規定だ。利益の適切な配分が環境保全の資金調達のために必要であることは明らかなのだが、資源提供国と資源利用国の間で利益配分を巡る対立がある。

 フィリピンでは、国家先住民族問題対策委員会(NCIP)が、イフガオのような先住民地域で、日本のような資源利用国が生物資源のサンプル採集などを行うにあたっては、ガイドラインに従って、事前情報に基づく同意の取得、利益配分について交渉の上で合意などが求められる。

 ポルツガル氏が言いたかったのは、先進国と途上国の関係について、先進国側が途上国の文化の問題や資源の活用について十分に注意を払ってください、という念押しだったのではないかと想像している。もちろん、イフガオにおける人材育成プログラムに関しては「能登コミュニケ」に則ったプロジェクトであると評価いただいた。

⇒27日(水)夜・マニラの夜    はれ
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☆イフガオ再訪-2

2013年11月26日 | ⇒トピック往来
   出鼻をくじかれた。25日は小松14時55分発の成田空港行きANA便に乗る予定だったが、強風のため欠航となった。そのため、成田17時5分初のマニラ行きのANA便も搭乗は無理となった。航空会社と掛け合い、小松20時00分発の羽田空港行きのANA便に振り替え、成田で宿泊、翌26日9時30分発のJAL便でマニラ向かうことになった。航空会社との交渉は実に3時間余りに及んだ。天候理由による他社便への振り替えサービスは原則として行わないのだという。そこはこちらも粘った。20時00分発の羽田空港行きも風で遅れに遅れ、到着は22時26分だった。本来ならばマニラに到着する時間と同じくらいだ。京浜急行の最終便にようやく乗って都内のホテルに宿泊できた。

         イフガオの棚田へ、人で協力するODA     

  きょう26日は成田9時30分発のマニラ(ニノイ・アキノ)国際空港行きの便で、現地時間で14時ごろに到着した。時差は1時間だ。空港で両替をする。この日の円とペソの交換レートは0.43、つまり1ペソ2.32円だ。マニラは晴れてはいたが、乗合タクシーのジープニーなど車が激しく行き交い、クラクションもやまない。そして、ジーゼルエンジンの排気ガスのにおいが充満している感じだ。ガソリンスタンドに目をやると、ジーゼルが1㍑44ペソ、レギュラーガソリンが1㍑50ペソとなっている。円換算でレギュラーが116円。正規雇用の最低賃金が月7000ペソと言われる、フィリピン人の庶民にとっては随分と高値だ。そしてホテルに入るとテレビや新聞はレイテ島を襲った台風の被害を伝えている。

  今回、何の目的でイフガオへ行くのか。国際協力機構(JICA)の「草の根技術協力(地域経済活性化特別枠)」に申請していた「世界農業遺産(GIAHS)『イフガオの棚田』の持続的発展のための人材養成プロゴラムの構築支援事業」が採択が内定した。これは、金沢大学、石川県、JICA北陸の三者で話し合って、石川県が提案団体として事業申請したものだ。採択内定を得て今後事業を本格化させるためには、相手国の行政や機関との実施事業に関する合意文書(Minutes=覚え書き)の取り付けが必要となる。そのために、今回、実施パートナーとなるイフガオ州政府やフィリピン大学オープン・ユニバーシティ、イフガオ州立大学を訪問し、実施概要の説明と了承を得る。「草の根技術協力」とは、JICA が政府開発援助(ODA)の一環として行っている事業で、技術協力の意味合いは人を介して知識や技術や経験、制度を移転することを指している。ODAと聞くと、高速道路などハード面のインフラをイメージするが、この事業はあくまでも「人の協力」となる。

  では、人が協力する「世界農業遺産(GIAHS)『イフガオの棚田』の持続的発展のための人材養成プログラムの構築支援事業」とは何か。その前に、イフガオの現状について触れる必要がある。イフガオ棚田はフィリピンで5件あるユネスコ世界遺産の一つだ。人と自然環境が調和して2000年かけて創り上げた景観、と評価された。世界文化遺産「フィリピン・コルディリエラの棚田群」。指定されたのは1995年12月で、日本の「白川郷・五箇山の合掌造り集落」やフランスの「アヴィニオン歴史地区・教皇殿」が同じタイミングだった。しかし、その6年後(2001年12月)に世界遺産委員会が「危機にさらされている世界遺産リスト」(略称「世界危機遺産」)に入れた。

 ユネスコ世界遺産委員会が指摘した点は主に6点だった。1つ目に、棚田の保全するためフィリピン政府によって現地タスクフォース(実行委員会)ができたにもかかわらず政府からの支援が欠けている、2つ目に25-30%の棚田が耕作放棄され、棚田の土手の崩壊につながっている、3つ目が不法な開発(住宅など)が発生して景観が失われている、4つ目に国際的な支援が提供されていない、5つ目がマニラから棚田群へ行くための道路インフラが整備されておらず観光への支援がない、6つ目が現状が変わらなければ10年以内に世界遺産の価値は失われるだろう、というものだった。

  2011年1月に訪れた折、上記の「危機リスト」は目に見えていた。広がる耕作放棄、田んぼの真ん中にある住宅群、土砂崩れどなど。しかし、政府の支援などあって2012年12月には危機遺産のリストからは解除された。フィリピン大学のイノセンシオ・ブオット教授(生態学)は「危機は去ってはいない。若者たちの棚田への意識を高めないと耕作放棄は増えるばかりだ」(2013年1月・金沢でのシンポジウム)で訴えた。実は、イフガオの棚田を保全する若者たちの人材養成プログラムを現地でやってみようという発想はここから芽生えた。

26日(火)夜・マニラの天気    はれ
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★イフガオ再訪‐1

2013年11月25日 | ⇒トピック往来
  フィリピンのルソン島にあるイフガオに長らく活動した経験ある日本人男性から、こんなことを聞いた。「イフガオ棚田では、男が田んぼをつくり、女が米をつくるんですよ」と。日本では「田んぼ」は土づくりから、稲作までの一貫作業だと思っていたが、イフガオ現地ではどうやらもそうではないらしい。男女分業のように聞こえる。

              イフガオと能登の類似点、

  そのイフガオへ、きょう(25日)出発する。小松空港から成田へ、成田からマニラへ。10時間ほどの旅だ。「人生七掛け、地球八分の一」とはよく言ったものだ。これまで、8日間かけて行った世界各地が1日で行けるようになった。イフガオは昨年1月に世界農業遺産(GIAHS)の視察を兼ねて現地でワークショップ(金沢大学里山里海プロジェクト主催)を開催したので1年11ヵ月ぶりとなる。現地の壮観な棚田の風景もさることながら、青ばなを垂らした子どもたちもどこか昔の自分を見ているようで懐かしい。再訪を楽しみにしている

  ではなぜ再びイフガオの棚田なのか。イフガオの棚田は、国連食糧農業機関(FAO)により世界農業遺産に認定されているが、近年、若者の農業離れや都市部への流出により、耕作放棄地の増加が懸念される。実に4分の1が耕作放棄地になりつつあるとの指摘もある。ほか、地域の生活・文化を守り、継承していく若者も減っている。また、棚田が崩れることもままある。そのために、国際協力機構(JICA)や世界のNGOが懸命になって、地域を支援している。ただ、土地には土地の人の考えがあり、そう簡単ではない。

  実は、同様の課題を有しているのが、能登半島だ。担い手が減り、田んぼを始め、山林や畑、地域の祭り文化も後継者がいないというところが目立っている。若者たちにもう一度地域の価値を理解してもらい、地域をどのように活用すればよいか、そのようなことを考え、実践する人材を育てている。金沢大学が地域の自治体とともに取り組んでいる、「能登里山里海マイスター」育成プログラムがそれだ。

  フィリピン大学の教授たちから、能登の人材養成を取り組みをぜひイフガオで活かしたいとのオファーが金沢大学里山里海プロジェクト代表の中村浩二教授にあり、どうノウハウを移転すればよいか、JICA北陸や同じ青果農業遺産の佐渡の人たちと連携を進めている。今回の再訪はその手順を踏むためのものだ。これが、世界農業遺産の理念の普及を通じた国際交流・支援を実施になればよい。また、能登の若者たちがイフガオとの交流を通じて、国際的な視点を持ちながら地域の課題解決に取り組むグローカル(グローバル+ローカル)な人材の育成にもつなげていければといろいろと思いを巡らせながら、これから出発する。

⇒25日(月)午前・金沢の天気   くもり


  
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☆「親聞」「報導」から考える

2013年11月23日 | ⇒キャンパス見聞
  金沢大学の共通教育科目で「ジャーナリズム論」を担当している。先日、現役の新聞社記者
に取材の現場の話をしてもらった。その後、学生(150人)にリアクション・ペーパー(感想文)を書いてもらい、それをコピーして講師に送った。それを読んだ感想のメールが過日届いた。「理系の男子の字が汚いのが多かったですが、これは義務教育から高校にかけての問題でしょうか」と。

  これは授業の担当である自分自身が常日頃思っていることだ。リアクション・ペーパーを外部講師にコピーして送る際、いつも悩んでいる。学生の汚い字、内容のない文を送って、わざわざ時間を割いて大学に来てくれたのに失礼ではないのか、と。当初それを除外していた。しかし、3年目ほど前からそれも送ることにした。学生の実態・実情も感想の一つだと思い始めたからだ。

  もう少し詳細に述べると、誤字脱字が目立つのである。授業は7年目になるが、年々「親聞」や「報導」といった誤字が目立って多くなっている。固有名詞もたとえば、「大阪府の橋下知事」は「橋下」になっている。さらに深刻と感じるのは、文章を書く鉛筆の字が薄くなって読めないものもある。筆圧、筆力が感じらない。書こうという意欲が感じられない学生が増えているのを実感する。授業に魅力がなく感想など書く気になれないということならば、自分自身の責任なのだが、年々増えていると感じるところに、また、他の教員も同じことを嘆いているところに、問題性を覚えるのだ。

  最近、「学生の質の低下」が新聞紙面でも指摘されることが多くなってきた。「学力が低下」「海外に留学する意欲がない」など。現場の教員たちは、入試のあり方に問題あるのではないかと感じ始めている。高校生たちに学力で競い合わせている現在の入試制度では、大学に入ることが最大の目標になってしまい、入学した後では次なる目標を立てる意欲さえも失っているのではないか、と。「夢は、自己実現の課題は」と学生に尋ねても、「特にないです」が圧倒的に多い。ともすれば、大学は「学生の質の低下」を高校のせいにし、高校は中学のせいにし、中学は小学校のせいにし、小学校は親のせいにし、親は国のせいにする。

  全国の大学では最近、「とがった(尖った)」という言葉を使い始めている。個性ある、あるいは少々「やんちゃな」という意味合いもあるだろう。「とがった人材の発掘」。学力もさることながら、個性ある学生を集めたいとの思いからだろう。一発勝負のこれまでの学力重視の入試ではなく、面接重視の「推薦入試」(東大)、「特色入試」(京大)、「新思考入試」(早稲田大)などが今後導入されるようだ。

  とはいうものの、従来の推薦やAOでも面接は行われてきたのに、なぜ個性あふれる学生を発掘できなかったのだろうか。手短に言えば、大学教員が面接してきたので、AO入試はうまくいかなかったのだと反省すべきだろう。従来の推薦やAOと手法の違った推薦・面接入試のノウハウの開発を競っているようだ。おそらく、これからの面接重視の入試では、「とがった」経営者や芸術家、研究者に面接・審査員になってもらい云々ということになるのではないか。

  学生たちの間に漂う「だるい空気」は、大学に閉塞感があるからだ。「学生の質の低下」が問題なのではなく、学生の質を高める大学のシステムを開発することが急務だと思っている。学生の没個性をいつまでも問題視するのではなく、学生に人生の目標を見い出させ、モチベーションを高めれば、「とがった」DNAは目覚める。これまでそのような若者・学生を数多く見てきた。「とがった」人材を集め、育てるだけでなく、没個性をとがらせる。これが大学改革になればと願う。

⇒23日(土)午前・金沢の天気    くもり
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★辻口博啓氏のこと

2013年11月20日 | ⇒キャンパス見聞
  金沢大学の共通教育授業で「いしかわ新情報書府学」という科目を担当している。石川県が進めてきた「石川新情報書府」事業の授業版を県と連携して、2009年から導入して、ことしで5年目となる。受講する学生は200人を超える。石川県は日本列島のちょうど真ん中にあり、人口も面積も日本全体の1%という県でありながら、ある意味で「とがった県」だ。この場合は個性的と意味付けしたい。輪島塗や山中漆器、九谷焼、加賀友禅に代表される伝統工芸、能楽や邦楽、舞踊といった伝統芸能など世界に誇れる文化資源が豊富にあり、日本海に突き出た能登半島、霊峰と称される白山、そして加賀百万石と呼ばれた江戸時代の政治、経済、文化の名残が色濃く残る。

  石川新情報書府のネーミングは、江戸時代の儒学者・新井白石が加賀藩の文化の高さや蔵書の多さを絶賛して、「加賀は天下の書府なり」と称したことからこの事業名になった。この事業は、現代版の新情報書府を構築しようと県内の産業や文化や自然を映像化、デジタル情報化して次世代に継承する、あるいは世界に向けて発信するものだ。授業では、県が作成したDVDを学生たちに視聴してもらい、その後、映像に出演する関係者に講義をしてもらうという、映像と語りで学ぶ授業だ。先日、「とがった人」に講義に来ていただいた。パテシエの辻口博啓氏。辻口氏は、新情報書府の映像シリーズでは、『加賀〝茶の湯″物語』の作品で、ツイーツと抹茶を融合した新たな茶会を提案している。昨年に続き、2度目の登壇。

  最初、講義出演の交渉した折、スイーツのことだけではなく、文化としてのスイーツを語ってください、とお願いした。その返事は明快だった。「スイーツという言葉は日本だけにしか通じない言葉なんです。でも、そのスイーツが香港などアジアに広がっています。日本人が創造するお菓子の概念を文化として広めてみたいと考えています。そのおおいなる試みに、金沢の茶道文化や和菓子がとても参考になります。授業では、そのような話をしたいと思います」

  今回の授業で、辻口氏は世界最大のチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」(パリ・10月31日)でグランプリ「板チョコ5枚+☆」を獲得したことの裏話を披露した。同賞は、フランスの評論家らの団体が毎年6月に行う品評会で最高位格付け「板チョコ5枚」を獲得したチョコ職人20人の中から、特に優れた12人前後を表彰するもの。今回初出品の辻口氏の出品作はサンショウやユズといった素材を使用した。講義で話したことは、「これは日本のハイテク技術で得た、グランプリなのです」と。カカオ豆やそのほかの素材をナノの粒子にまで粉砕して、それをチョコにした。すると、歯さわり、ふくよかな香りが広がり、チョコの可能性をさらに高めた、という。まさに「ナノ・ショコラ」。チョコレートの伝統の技術に上に、さらに製造技術としてハイテクを駆使する。このイノベーションがグランプリに輝いた。「問題はコミュニケーション能力なのです。オレの腕が一番と職人技にこだわる必要はない。いかにスイーツの価値を高めるか、なんです。そのためにいろいろな人々と話し合い、工夫を凝らすことです」と。

  学生たちは驚いたのは、高齢者やあごに障害があり、噛むことができない人たちのためのスイーツを、小麦粉アレルギーの人々のために米粉のスイーツを製造していることだ。「能登はやさしや土までも」の文化風土で育まれた精神性、そしてその先進性が学生たちを感動させたいのは言うまでもない。

⇒20日(水)夜・金沢の天気     くもり
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