放送のネット同時配信を想定してすでに「イーメジトレーニング」を実践している人たちがいる。NHKの受信契約の営業マンだ。放送法64条では、NHK番組を実際に見ているかどうかに関係なく、NHKを受信できる設備(テレビ)を持っている人は、受信料を支払う契約をする必要がある。大学の新入生がやってくる3月下旬ごろになると、NHKの営業マンたちがうごめく。学生アパートを訪ね、放送法をかざして受信料契約を迫る。「テレビは部屋にない」と学生が反論すると、「あなたが持っているスマホのワンセグでテレビが視聴できるでしょう」とさらに迫ってくる。ある学生は「なじみのない放送法に学生たちは脅威を感じていますよ」と。
そこで私は、視聴者コールセンターに電話したことがある。1)学生は勉強をするために大学にきているので、受信契約は親元がしていれば、親と同一生計である学生は契約する必要がないのではないか、2)携帯電話(ワンセグ付き)の購入の際、受信契約の説明が何もないのもおかしい、携帯所持後に受信契約を云々するのでは誰も納得しない、3)そもそも、放送法にある受信機の「設置」を「携帯」と拡大解釈するのは間違いではないか、と。これに対し、電話対応の男性は「ワンセグは受信契約の対象になります。いろいろご事情はあるかと思いますが、別居の学生さんの場合は家族割引がありますのでご利用ください」と回答するのみだった。
放送法と受信契約をめぐってさまざま裁判が起きている。昨年2016年8月26日、さいたま地裁でワンセグ付きの携帯電話を所有する人はNHK受信契約を結ぶ義務があるかどうかを争った訴訟の判決があり、契約義務がないとの判断が示された。放送法64条は「受信設備を設置した者は受信契約をしなければならない」とし、NHKは64条の「設置」に「携帯」の意味も含まれると主張してきた。判決の骨子は、1)携帯電話は「携帯」するものであり、放送法に言う「設置」にあたらない、2)携帯電話の所持は、放送の受信を目的としたものではない、というものだった。つまり、64条で定める「設置」に、電話の「携帯」の意味を含めるのは「無理がある」と判断したのだ。この判決にNHKは控訴した。
注目されるのは最高裁の大法廷での初判断だ。昨年2016年11月2日、テレビがあるのに受信契約の締結を拒んだ東京の男性に、NHKが受信料を請求できるかが争われた裁判の上告審で、最高裁第3小法廷は審理を大法廷に回付した。大法廷では憲法判断や判例変更を行う場合などに回付される。この裁判はNHK側が2012年に受信契約を結び受信料を払うよう、男性を訴えた。テレビを有している男性はNHKが契約申込書を送ったが契約しなかった。1審の東京地裁は、申込書を送っただけでは契約は成立しないとしたが、放送法に基づいて男性にNHKと契約を結んだ上で受信料20万円を支払うよう命じ、2審の東京高裁も支持した。
論点は、放送法64条では受信設備を設置したらNHKと契約する必要があると定めるが、憲法29条が保障する「契約の自由」の観点から「放送法の規定はそもそも違憲だ」と男性は主張してきた。が、29条はその2項で公共の福祉を理由とするなら、契約の自由を制限することが可能だとしている点で争われてきた。1審判決では「規定は不偏不党を貫く放送のため、テレビ設置者から広く公平に受信料を徴収することを目的としており、公共の福祉に適合する」として判断し、男性に受信料の支払い義務があるとした。
最高裁の大法廷での求めらる判断は、果たしてNHKは公共の福祉であり、放送法は合憲なのか、という点だろう。最高裁がもし「放送法は違憲」と判断すれば、NHKは経営危機に陥る。ただ、今回そこまでの判断はしないのではないか。むしろ、NHK側が受信契約を求めるためにあえて裁判を起こす必要性などが問われるのではないか。
ネット同時配信の時代を迎えるが、考えてみると、NHK側は受信料契約がとてもやりやすくなる。電波(ワンセグ)とネットと同時に番組が視聴できるという盤石な放送インフラになれば、あとは放送法の改定を整えればよいという段階に入る。
ちなみにNHKが手本としているイギリス、ドイツの場合。イギリスはテレビやパソコン、スマホなどを持つ世帯に受信許可料(年145ポンド)を支払うよう義務づけている。ドイツでは、テレビが設置されていなくても、全世帯と事業所に公共放送負担金(年210ユーロ)を課している。こうした事例を挙げて、NHK側はネット同時配信で新しく法改正を求め、スマホやPCで番組を視聴する層に対し、新しい受信料を課す制度を設けてくるかもしれない。たとえば、最高裁が「NHKの受信契約は合憲」と初判断すれば、受信料の徴収は大っぴらになる。つまり、NHK側がスマホを提供する主要キャリア3社(NTTドコモ、au、ソフトバンク)などと提携して、親と同居していない学生など若い層から受信料を徴収ということも・・・そんなことが現実になってくるのではないかと想像している。
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